タガメ、そしてカマキリ   2013.6.5  
  

初めに断っておこう。後半に書く内容は幾らかグロテスクなので、苦手な人は読まないことをお勧めする。

現在飼育中の動物はタガメ2匹とクサガメ2匹だ。盛夏になると例年昆虫が増えるが大多数は秋に死んでしまう。
タガメは成虫で越冬するから、去年から飼っていたわけである。冬を越して春から活動を始めたところだ。
春先早めに餌を食べ始めたのは雄だった。けれども沢山食べさせなければならない筈の雌はなかなか食べない。
やっと食べるようになってからはかなり大食いして一気に腹が膨れた。食べきれないようになって来てから、
先日ついに雄と雌を一緒にしてみた。翌日には交尾して次の日に産卵、そろそろ孵化も間近の筈だ。
気がついたのは産卵の途中でも交尾を繰り返すことだ。雄が何度も雌に近づき、雌も交尾をせがむように尻を上げる。
交尾したら雄は水の中に戻り、雌は棒杭に卵を産み付けるが、暫くするとまた雄が戻ってきて交尾する。
それを何回繰り返したか、見張っていたわけではないので定かでないが、4回5回なんてもんじゃないのは確かだ。
卵は最初は泡に覆われていて、うっすら緑色をしている。その泡が消えて間もなく濃い縞模様になり緑色は消える。
産み付ける先からこの変化が進むので、産卵の途中では、先に産み付けた卵と後に産み付けた卵の色が違う。
雌は身体を下に向けて、上から下に産み付けていくので、上の方の卵は縞模様で雌の尻に近い下の卵が薄緑色だ。
産卵が終わってしまえば全ての卵は縞模様になる。

タガメは絶滅危惧種だ。絶滅危惧種でも簡単に野外で採れる生き物も多いが、タガメは見かけたことすらない。
割と確実に見つけられる場所も教えて貰ったが、かなり遠方で到底繰り返し訪ねられるような場所ではなかった。
過去の分布調査を調べて、佐賀県内の該当地域で探してみたが、今でも生息している見込みは絶望的感触だった。
けれども絶滅危惧種であるが故、写真が欲しい。拙著に載せた写真は多摩動物公園の昆虫館で撮影したものだ。
ただでさえ昆虫の写真は白黒にすると分からなくなってしまうのに、画質も悪くて加工するのに苦労した。
それ以来タガメの写真は課題として残っていた。そこでひとまず通販で手に入れて撮影することにした訳である。
それが今飼育中の2匹である。雄と雌のつがいだから交尾や産卵の写真も撮影できる、と言うわけである。
冬は本来なら水から上がって土の中に潜るのだが、この2匹は結局最後まで水の中で冬をやり過ごしてしまった。
水槽に植木鉢を入れて、そこに登れば良いようにあつらえたのだが、気に入らなかったのか、温度が高かったのか、
寒くなると逆に水槽の底の方に行くばかりで陸には上がらない。氷点下になると水槽が壊れれる危険があるので、
水槽は外には出さなかった。だから温度は佐賀の冬より少し高い。それが影響したのかどうかは良く分からないが、
飼育方法としては「水中での越冬もOK」ということなので、彼らの好きにさせることにした。

(タガメの餌)
タガメは肉食昆虫だ。かなり身体も大きいので小魚などを捕食する。鍵の手になった前足で押さえ込んで食べるのだが、
体外消化と言う少し変わった方法で食べる。口吻を獲物の身体に突き刺して、獲物の身体の中に消化液を注入する。
そうやって溶けた肉汁を吸い取る、と言う方法だ。この方法は食べるのに時間が掛かる。
いろいろな餌を与えてみたが、余分に殺したいとは思わないので、庭の管理で日頃から退治しているものが第一候補だ。
蚊のような小さすぎるのを除けば、芋虫とかカタツムリ、クワカミキリ辺りが候補である。しかしこれらは食べたがらない。
カタツムリも殻を割れば食べなくもないが、ぬめりが気になるようだった。
結局一番多く食べさせているのはヌマガエルだ。アマガエルも居るが緑色で綺麗だし、数もヌマガエルの方が多い。
もしかしたらヌマガエルと同定している中に、ウシガエルの子供が混じっているかも知れないが。
メダカも与えてみたことがあるが、メダカは小さすぎて、捕まえにくそうにしていた。ボリュームも足りないようだし、
本来メダカは意図的に池に飼育しているものなので止めた。それ以外ではヤモリやカナヘビも割と良く与える。
これらは水中には居ないはずの動物だが、それは気にしていない様子でよく食べる。いずれにしても餌になっているのは、
退治しなければならない動物ではないが、「ちょっと多すぎるかな」と感じるもの、そう言う小動物に落ち着いた。
人間の食べ物も利用できないことはない。肉や魚を生で与えるのだが、水が汚れるという。そこで少し工夫してみた。
寿司ネタを小さくちぎって、水で洗いサランラップに包んで糸で結んで封入。その糸の端をつまんで、タガメの目の前で、
小刻みに動かしたら食いついてきた。サランラップが小動物の皮膚代わり、その点は大成功だった。食欲はまずまず。
問題は私が日常的に料理をしないこと、つまり生の魚や肉を滅多に入手しないことだ。

      
          タガメの交尾           雄が卵を守る

さて卵に戻ろう。タガメの卵は雄に守られる。母親ではなく父親が守るのだ。魚などにも父親が卵を守る種類がいる。
人間の感覚と違うところもあるが、このような行動を取るためには生物学的にある条件が必要だと言われている。
それは雌の浮気の可能性がない、と言う条件で、雄にとって確実に自分の子供だと分かる場合には卵を守ることがある。
そうでない動物では、もし雄が余り熱心に子供の世話をしてしまうと、一定確率で自分の子孫でないこともあるので、
世代を重ねるに従い、徐々にそう言う遺伝子は淘汰されてしまって、子供の世話をしない雄の遺伝子が残っていく。
タガメの産卵を観察して、「なる程ね!」と思った。産卵中も度々交尾していたのだから、確実に彼の子供だと分かる。
哺乳類は雌の浮気が雄に把握しきれないから、雄の育児参加は限定される方向に進化して、我々もその一員なのだ。
その結果「へぇー、父親が面倒見るの。偉いね」なんて言うわけだ。別に偉くもない。彼なりに合理的に行動しているだけだ。
もちろん雌の遺伝子も確実なのだから、雌が世話しても良い。けれども哺乳類と違って、雄も世話をしない理由はないし、
タガメの場合、雌は次の産卵のために再び大食いし始める必要がある。

(雌が雄を共食い)
けれどもそこから先は理屈に合わなくなってくる。雌は雄より身体が大きく強いので、雄を食べてしまう事があると言う。
産卵後の雌は腹が減っていて、実は雄にとって少々危険なのだ。もちろん雌にとっても自分の卵を世話する雄は大切だから、
まずは一旦その場を離れるが、別の場所で別の雄を食べるのは構わないのだ。
人間の感覚から言うと、一気に血の気が引くような話だが、肉食昆虫には良くあること。カマキリの夫食いは有名だ。
カマキリはかなり高い確率で夫食いをしてしまうので、それと比べればタガメはまだマシだ、と言いたいところだが、
タガメの雌には別の問題行動もある。
今度は腹一杯になって交尾・産卵の準備が出来たときに、卵を守っている雄を発見すると、これまた悲劇の原因になる。
雄の発情を促すために、その卵を破壊してしまうことがあると言うのだ。さっきは雄を食い殺してしまうという話だったのに、
今度は雄が必要だから凶行奪取という話。「全くどうしようもなく自分勝手な雌だー!
困ったことに餌が十分なら、雌が次に交尾・産卵できるようになる方が雄が卵の世話を終えて次に交尾可能になるより早い。
だから1匹ずつで飼育すると雄が足りなくなって卵は助からない。餌を絞れば雌の交尾・産卵準備完了まで時間が掛かり、
卵の安全は確保されるようだが、今度は雄が危険に曝される。両方とも安全というのは難しい。そう言う仕掛けになっていて、
交尾が終わったら、結局どこかで卵を守る雄とは別の容器に雌を移さざるを得ないことになる。
雌が雄を食べないようにと、産卵終了後すぐに雌に餌を与えた。ところがその餌が暴れて、卵のある棒杭を登ろうとした。
その時雄はまだ卵のところではなく、水面付近にいた。餌は大きめのヌマガエルだが、雌に左後足を掴まれてもがいている。
当然棒杭を登れるはずもないのだが、雄のすぐ横を登ろうとしたわけだ。雄は激しく反応して、卵を守るために戦い始めた。
終いには雌に飛びかかり、雌ごと追い払おうとするではありませんか。危険な雌に自ら刃向かうとは!
考えて見れば卵を守る雄にとって雌は大敵なのだ。卵が孵化するまで雌には一切用がないし、近づいて欲しくない存在だ。
でも雄と雌を入れ替えたような話をどこかで聞いたことがないだろうか。哺乳類の雄は雌の発情を促すために子殺しをする。
そこで子を育てる雌は注意深く雄を避けて行動する。テレビで熊などの哺乳類の行動を追う番組で見たことがないだろうか?
まあテレビには言っておきたい。「大型動物ばかりでなく、もっと小さな動物や、更には植物の生き様も放映して欲しい。」
タガメは雄と雌の立場が逆だから、雌の方が子殺しをするというわけだ。確かに哺乳類の雄は妻食いしない。そこは違うけど、
立場が変われば行動もそれに合わせて変わる、と言う良い例である。
雌が空腹時に雄を食べてしまうことも、発情時に卵を破壊してしまうことも、その雌自身にとっては理にかなった行動だ。
ところがタガメという生物種全体にとっては良いことではない。タガメが絶滅危惧種だったことを考えると益々気になる。
このように個体にとっての利益と種にとっての利益が相反するときでも、常に個体の利益を優先した行動を取るとは限らない。
別種かあるいは生殖隔離が成立した集団で、集団として異なる行動を取る二つの集団があって、集団間競争をしたとする。
その場合は、種にとって不利益となる行動を取っている集団の方が負けることになる。
けれども集団内での抜け駆け、つまり雄を食べたり卵を壊す雌が、そう言うことをしない雌と同じ雄を巡って争う場合には、
自分勝手に振る舞う雌の方が競争に勝ってしまうのだ。だからこう言う不合理な出来事は容易には無くならない。
カマキリの夫食いについて、雄も交尾した雌に食われれば、自分の卵の栄養になるので自分の遺伝子を残す目的を達成する。
通常このように説明されている。けれども実は雄の都合は関係ない可能性が高い。その証拠に、カマキリの雄は交尾の後、
雌から逃れようとするのであって、進んで食われようとはしないのだ。けれども雌にとっては雄にはもはや用がない。
用があるとしたらまだ交尾していない別の雌にとっての話で、種としては雄を生かしておくメリットがあるがその雌自身にはない。
そこで雌は雄を食べようとして、雄はそれから逃れようとする。逃げられることも多いが、そこに利害の一致はない。

    
             オオカマキリの交尾。雄の首がない。
             雌は食べ終わって“カマ”の掃除中。

時々交尾していないであろう雌が、既に仲間が死に絶えてしまった冬本番になっても生きながらえているのを見かけるが、
そういうのを見ると、「他の雌が雄を食べちゃったから、そのあおりであぶれたんじゃないか?」と思ったりする。
そう言う意味では雄を殺したデメリットは、単にその雄だけでなく種全体にとってもデメリットになっているものと推測される。
しかも多くの場合カマキリの雌は雄の頭しか食べないのだ。栄養的メリットがほとんどない。交尾中に雄を食べてしまうが、
その時は頭しか届かないので頭だけ食べる。交尾が終われば雄は動かないから餌ではない。頭の無くなった雄の死体は、
雌の身体からボトリと落ちるだけのことである。そこでまた無理にでも説明しようとする。「雄の交尾は頭がないと促進される。
だから雌は雄の交尾を促すために頭を食べる必要がある」と。
事実そうであっても、これはもう説明になっていない。ならば頭があっても交尾が進むように進化すれば良いだけのことだ。
頭を失った雄の交尾が促進される本当の理由は、恐らく交尾器の部分まで死んでしまう前に急いで交尾しなければならず、
後がないから急いで交尾を進めている「切羽詰まった姿」なのだ。
更に不合理なことに、カマキリの雌は交尾前でも雄を食べてしまうことがある。これは当の雌にとってさえデメリットである。
ここまで来ると、これが種にとってのメリットである可能性は、考えようにも無理というものだ。だのにそう行動している。
そう言う状況を見てしまうと、発想の原点を再検討しなければならないことに気づく。生物の行動はそんなに精密ではない。
彼らの行動全てを合理的に説明しようとするのが本来間違っていたのだ。
雄にとっても種全体にとってもカマキリの夫食いにメリットはなく、むしろデメリットである、と言う結論で良いと思うのだが、
感情移入して「けなげな雄」との言われ方には、半分しか私は同感しない。確かにカマキリの雄は気の毒だと思う。
人間と比べての話では気の毒である。けれども少し見方を変えて、雌と比べたときに、哀れなのは雄だけではなく雌もだ。
雄は少なくとも一生の最後には仲間を認識する機会があるが、雌にはその機会がない。孤独なまま一生を終えることになる。
食われる雄の哀れ、孤独な雌の哀れ、人間としての私の感性にはどちらも耐え難いほどの悲しさに映る。

(人間について) 読み返してみて、やっぱり人間について触れないわけには行かないような気がしたので、補足しておこう。
幸いにして夫食いもないし、子殺しもない。ヒトはそう言う生物である。代わりにと言うわけでもあるまいが、戦争で殺し合う。
戦争の問題は非常に気になるし、これまでも断片的に取り上げてきている。(4月10日5月7日)
もう一つの話題である浮気について考えると、殺し合いに比べれば幾分かは軽い問題と言えなくもないが、これは言うまでもなく
長年我々人間を悩ませてきた問題であり、その影響を被っている点でも生物の世界の法則の通りと言って良いような状況だ。
上に述べたように、浮気の結果に関して雄と雌は対等ではない。人間も同じで、妻の浮気が時としてもたらす重大な結果、
つまり夫が他人の子を育てる事態、それが逆の場合には起こらない。法律のことは詳しくないが、子供が育ってから判明したら、
妻にはそれまで夫が子供の養育に注ぎ込んだ費用を全額弁済する義務があるのだそうだ。けれど普通の人の経済力では不可能。
そこで子供が成長する前にDNA診断をしておく、と言う提案を見たことがある。希望者のみと言っていては「私を疑うのか!」とか、
夫婦の亀裂を産むので全員に一律課すと言う提案だった。幸いDNA診断は安価だと。
多分そうすると浮気自体も減るだろう。減るだけで無くならないのは、「妊娠しなければ...」。男の浮気への効果も限定的だ。
けれども私個人の気持ちとしては導入して欲しい。以前「浮気するタイプ/されるタイプ」のチェックリストを見たことがある。
チェックしてみるまでもなく自分のタイプは分かっていた。典型的な「されるタイプ」なのだ。「パートナーを疑うなんて無理」
親戚を見てもそう言う家系だし、それは自覚していた。現状ではパートナーがいないから良い(?)けど、「同類が苦しんでいる」
ついでに「浮気の多さには男女差がない」との調査結果も見たことがある。「浮気は男がするもの」みたいになっているけれど、
それは女性の方が浮気を疑う傾向があるだけ、とのことだ。発覚しないで浮気するケースは女性に多いのだとか。恐ろしい!
そこでDNA診断で安心? ではないけど少しは...。

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