「鈴虫の鳴くキャンパス」計画 - 初年度はまずまずの成果 - 2014.9.20 |
今年は佐賀大学で物理学会が開かれることになって、今日はその三日目だ。実行委員になっているので落ち着かない。
講演会場で何か問題があると、突発的に仕事が発生するのだ。
それに備えて待機する間に、以前記した「鈴虫計画」が今年どうなったか報告しよう。
学生10人に幼虫を配ったのが6月18日のことだった。配った幼虫の数は学生一人に20匹程度、合計すると約200匹だ。
実のところこの時期はまだ完全には孵化が収束しておらず、最終的には600-700匹くらいの幼虫が生まれてきた。
毎日幼虫がジャカジャカ生まれて、世話が間に合わなくなって困る状態に直面していた。
体の小さい幼虫は行動範囲が狭い。数が多いからと言って大きな容器で飼育すると、餌に辿り着けずに餓死するので、
餌を一定間隔ごとに置いてあげる必要がある。それなら小さな容器に小分けして育てるのと手間は変わらない。
そこで4匹の雌親の子供を区別するための容器4分割以上に分けたが、追いつかず共食いが始まった。
共食いを防ぐには、容器を大きくするか、容器を増やすか。どちらにしても餌を細かく分けて与える点では同じだ。
「過密のまま放置すれば共食いで程良く減る」などと言うサイトもあるが、できれば避けたい。
学生に200匹配っていったんは減ったのだが、翌週にはもう増えすぎてしまって、自宅の庭に200-300匹放っている。
因みにその直後にアナグマが出現した、と言うわけだ。
鈴虫の「門出の日」
こうして学生は飼育を始めた。その一週間前には大学構内の「ホタル池」のほとりに鈴虫の隠れ場所を設置していた。
隠れ場所の構造は、スレート波板を90度ずつ方向を変えて互い違いに重ねて隙間を作り、楠の幹に立てかけてある。
上の写真の中で、左側に写っている白っぽい部分がそれだ。
このような構造にしたのは次のような理由だった。
まず大学周辺で鈴虫の声が聞こえることが時々ある。その場合植木鉢の並ぶところで一匹だけ鳴いていることが多い。
これは飼育されていたものが逸出した可能性が高いと思っているが、その声が聞こえなくなるまで2-3日程度である。
移動したなら近くで鳴くはずなので、命を落としたのだろう。
その原因は何なのか考えた。まず温度や湿度などの物理的環境ではないだろう。そう言う場合は1日も生きられない。
では餌と外敵ではどちらだろうか? 鈴虫は極度の雑食性で、人間が食べるようなものは何でも食べる。
観察していると土の表面を囓っている。人間の目には見えない小さな土壌動物などを補食しているのかも知れない。
更に腐敗の始まった動植物遺体も食べる。雑食度合は人間以上だ。
このような昆虫が餌を見つけられずに餓死するとは考えにくいから、外敵の方が疑わしいと考えた。
市街地の生き物は種類が少なく、特定の種類の生き物の数が多い傾向にある。
佐賀市街に多い捕食性生物で一番危険だと考えたのは蜘蛛である。巣を作らずに歩き回って餌を探す蜘蛛類だ。
特にアシダカグモは幼虫時代から成虫まで、鈴虫の全ての成長段階で外敵になり得る。
彼らは非常に足が速く、ゴキブリの天敵として知られる。大きくて不気味なので嫌われるが、
「ゴキブリ退治のために役立っているのですよ。」と言われる。走って逃げるゴキブリに追いつくほどの俊足なのだ。
一方鈴虫はゴキブリより遅い。跳躍力はあるが、一般的なコオロギと比べてかなり劣り、鈴虫は割とジャンプしない。
コオロギ類の脚の長さを見ると、前脚と中脚はかなり短く、後脚は長いと同時に太い。
走る速さは遅いがジャンプするには適した体のつくりである。それに比べて鈴虫は前脚と中脚が長く後脚は太くない。
この体は走りに強いことを意味する。ところがアシダカグモの走力には勝てない。
けれどもアシダカグモに不利な条件がある。それは鉛直に近い急斜面。鈴虫に比べてその影響を余分に受けるようだ。
更にアシダカグモは脚が非常に長いので、狭いところでは脚が引っかかってしまう。
当然ながら生息地の環境も参考にした。鈴虫は草の中に住むと言われるが、生息密度が高いのは石垣の隙間で、
林縁部の半分日陰になるような場所で、更に石垣に蔓植物が絡んでいると良い。
それを狙って上記のような構造にしたのだが、蔓植物を絡めるには何年もかかるので、今年は不十分なままである。
大学構内なのでスレート波板を不要品として処分されたりすると困ると考えて、下の写真のような看板を立てた。
女子学生たちに書いてもらったら、期待通り可愛らしい鈴虫の絵を描いてくれた。
この場所に育てた鈴虫を放ったのが7月30日だった。数は120匹。1ヵ月半近く経って生存率60%はかなり優秀な数字だ。
この時点ではまだ成虫にはなっていなかったが、早い者は既に終齢幼虫になっている者が結構いた。
もし大学周辺と同じ条件なら2-3日しか生きられないので、彼らが成虫になって鳴くことは期待できない。
成虫になってから鳴き始めるまで3日ほどかかり、本格的に鳴くまでに更に2日ほどかかるから、その前に死んでしまう。
もし鳴き声が聞こえたら、それだけで前進なのだ。
こうして「門出」の日を迎えた鈴虫たちは、この日から野外でのサバイバルを生き抜く必要があった。
まずまずの生存率ながら課題も多い
それで実際どうだったか。数日後には最初の声を聞くことができて、8月後半に見に行った時は同時に5匹位鳴いていた。
死亡率が孵化してから成虫期まで一定だとして単純計算すると、完全に自生するには少し減りすぎている。
その点では残念だが、スタートラインが「2-3日で死亡」だったことを考えると、これはかなり大幅な前進と言って良い。
けれども9月に入ると急激に鳴き声が聞こえなくなってしまった。
まずまずの成果と言って良いものの課題はいろいろ出てきた。生存率がやはり低いのでスレート波板だけでは不足だ。
自宅の庭に放った鈴虫は今月に入ってからあまり声がしなくなっているが、一匹だけ例外的に鳴き続けている。
その一匹は庭石として拾ってきた石を集めて仮置きしてある場所で鳴いている。
つまり、やっぱりスレート波板より石垣が好き なのだ。
庭のスレート波板は立て掛ける以外にも、地面に寝かしたものと波の粗いものと、合計3種類設置して様子を観察した。
若齢幼虫から放ったのでそこから成虫までの生存率を見れば、細かい波のスレート波板が成績良く、
成虫になってから長期間雄が鳴いていた場所は粗い波のスレート波板だった。
雄が鳴くために開いた翅がぶつからない程度の空間が必要なだけなら、細かい波のもので十分なはずだ。
一方、触角を振り回してぶつからない程度の空間が欲しいなら、粗い波のスレート波板が必要だ。
従って今年の結果から分かるのは、鈴虫の雄は鳴くときに、触角が自由に回せる程度の空間を求めているらしいことだ。
ところが上記の通りそれは幼虫の生存には適さないことも分かったので、近距離に両方の環境を用意する必要がある。
更に石垣とスレート波板の違いを考えると、もしかしたら隙間の行き止まりが欲しい可能性もある。
彼らの行動を観察していると、歩く内に行き止まりにぶつかってそのままお尻を手前に向けた姿勢で休むことが良くある。
この姿勢は逃げ道がなくて無防備だが、スレート波板には行き止まりがないので通り過ぎてしまうのかも知れない。
けれども来年もスレート波板にもう少し拘って試してみようと思っている。石垣よりも隙間の集積度合が高いからである。
そのため成功すれば石垣以上に生息密度を高くできる可能性を秘めている。
ところで今年の天候不順は鈴虫の生存には不利だった可能性がある。庭では例年の10倍近いヌマガエルが発生した。
「外敵」が余りに多いので、とうとう“ヌマガエルトラップ”を仕掛けた。
日頃私は食事をスーパーの総菜コーナーの弁当などで済ませているので、野菜を補充するために野菜ジュースを飲む。
それが900g入りのペットボトルに入っていて、このサイズのペットボトルが大量に手に入るので、これを利用した。
単純に上部を切り取っただけではジャンプして簡単に出てしまったので、もう一本上部と底部を切り取ったものを作り、
継ぎ足して、それを庭のあちこち十数カ所に埋めて、間違って落ちると出られない落とし穴にした。
もっと作ってあるが、埋設作業が重労働でまだ埋設できていない。埋設には螺旋状に曲げられた杭を使っている。
我が家の以前の住人が残していったもので、多分抜けにくいための工夫だと思うが、ホームセンターでも見ない代物だ。
その杭を鉛直に地面にねじ込んだ状態で、力任せに引っ張ると土がくっついて出てくる。これを繰り返して作った縦穴に、
2段組ペットボトルの罠を押し込むと言う手順だ。
鈴虫のように歩く小動物はなかなかトラップに嵌らない。それで一昨年は鈴虫目的のトラップを仕掛けて空振りだった。
一方ヌマガエルの日常行動を観察していると、数センチずつぴょんぴょん跳ねて移動する。
穴に落っこちる可能性が高く、それでいて鈴虫は滅多に落ちないだろうと予想した。コオロギは行動からしてその中間だ。
果たして罠に掛かったのは9割方ヌマガエル、稀にコオロギだった。成功だ!
問題が無いわけではなく、予想以上に水が抜けにくいのが最大の悩みだ。長期間水が溜まるとボウフラが涌いてしまう。
当然ながらペットボトルの底部には雨水を抜くための穴を空けてある。それでも土の水分吸収が間に合わない模様だ。
それに中に入ったゴミを取り出す方法も思案中であるが、とにかく設置数を増やすことに決めた。
すずむしのおんがくかい
例年「ホタル池」では環境フォーラムの活動として、幼稚園や保育園の園児向けに「ホタルの鑑賞会」を開いてきた。
ホタルを継続して毎年飛ばすことの難しさが明らかになってきてから、世話がお留守になってきて、
今年はホタルの季節である5-6月にも飛ばなかったし、鑑賞会も開かなかった。ホタルに代わって鈴虫というわけだ。
自生地での鈴虫の活動期を参考に、学生達は「すずむしのおんがくかい」を9月12日に設定した。
ところがその少し前から急激に鈴虫の声が聞こえなくなってしまったので、飼育中の雄を何匹か追加で放っておいた。
それでもあまり元気に鳴かなかったのは、当日の気温が低くて活動が鈍ったからかも知れない。
初めての企画と言うこともあって広く広報することは控えた。幼稚園と保育園、各一カ所にだけ直前にチラシを配った。
さすがに参加者は少なく、4家族10人少々だった。
鈴虫もあまり鳴かないし、学生のアナウンスも指示がはっきりしなかったので、参加者に対して申し訳なく思ったが、
終わりに子供を連れてきたお父さんから「来年もあったら参加したい」という意味のことを言われて救われる思いだった。
いろいろ反省点の多い「すずむしのおんがくかい」だった。
ところで野外での鳴き声は飼育状態と少し違う。鈴虫の雄は元来、そのときの状況によって鳴き方を変える性質がある。
飼育していると過密状態で過ごすので、常に雌を誘う鳴き方や雄同士のけんかの時の鳴き方になる。
ところが野外ではほとんどの時間を単独で過ごしているので、遠くの雌を呼ぶときの鳴き方になる。
通常「リーンリーン」と鳴くと言われるが、これは誘い鳴きで、単独の時は「リーンリーッ」と最後がぷつんと切れる感じ。
少し寒くなった時期には連続して鳴く時間が短くなって頻繁に途切れるので、単独だとこのぷつんと切れるのが目立つ。
けれどもこのように鳴く雄が、雌を呼ぶ明確な意図を持っているかどうかは分からない。
気持ちよくなって鳴いている場合があることが知られていて、テレビなどで鳴かせたいときに、
少量の酒を飲ませるとよく鳴く性質が利用されることがある。雄が気持ちよく鳴いている声を聞いた雌が訪ねて行って、
結果的にカップリング成立と言うことも多そうである。
そういうわけで野外では聞き慣れた鈴虫の声が聞こえないので、そこがまた素人にとっては複雑で分かりにくいところだ。
それに当日鳴いた個体は少しくたびれてきたのか、声が微妙にかすれていた。
更に今年飼育してみたことで気がついたのは、成虫期の2ヶ月間でも、徐々に声が変わって来て前半と後半で異なる点だ。
そもそも成虫になった最初は筋力がないので鳴き声は細くか弱い。それが徐々に力強くなってくるが、
コオロギとの声の質の違いがそれほど大きくない。それが今の時期になってくると透明感のある鈴虫に特徴的な声になる。
と言うことは、野外でこれまで成虫期前半に鈴虫の声を聞き逃していた可能性が高い。
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