孵化だ、羽化だ、賑やかだ!   - スズムシとカミキリムシ -   2014.6.6

昨日から地面付近で風が強い割に、最上階にあるこの部屋にあまり風が入らなくて、梅雨もあってか少々蒸し暑い。
今年の梅雨入りは早かったが、その梅雨入りに合わせるように鈴虫の卵が孵化し始めた。
先月中旬頃から毎日見ることができるように、台所の出窓部分に卵の産み付けられた土のケースを移動してあった。
冬の間は暖房の影響を避けて充分な寒さに当てるために、普段使わない部屋に置いてあった。
出窓に移動しておけば、触角が目立つから孵化にすぐ気がつく算段、だったのだけど、実際にはもう少し難しかった。
孵化した幼虫が偶々目の前で動いて初めて気づいたのだ。その時既に数匹生まれていた。

   
        孵化した鈴虫の幼虫、右は孵化直後でまだ白い
この写真を見ていると昔の父の言葉を思い出す。その時私は生まれてまだ数日のキリギリスの幼虫の写真を見せた。
それを見て父は「昆虫でも子供の顔は可愛いんだね」と言った。
言われて見ると確かに。頭が大きく、更にその頭の中で目のサイズが大きい。漫画チックな体つき・顔つきをしている。
哺乳類と違って親の庇護は受けないのだから、可愛い顔をすることに何もメリットはない筈なんだが、確かに不思議だ。
偶然なのか、何か意味があるのか、今だに良く分からない。
当時の私にはキリギリスの子の可愛い姿が肉眼で見えていたが、父には写真で拡大しないと見えないようだった。
この鈴虫の目は写真に撮影して見ないと私には見えなかったが、キリギリスの子より更に小さく、色も黒く厳しい条件だ。
右の白い幼虫の目も少し黒っぽいが、この程度のコントラストがないと、左のように全身黒い幼虫の目は私には無理だ。
体長は3mmと言う。実際よく見るとその程度だが、実感としてはもっと小さいように感じる。
ところで、この卵には是が非でも孵化して貰う必要があった。
「鈴虫の鳴くキャンパス」計画
もう5年以上前のことになるが、「大学キャンパス内にホタルを飛ばそう」と言う訳で、小さなせせらぎが作られた。
第二弾として「鈴虫を鳴かそう」「カブトムシを飛ばそう」と欲張る話が出た。
ホタルの時から私も関わりがあった。「ホタルを使った環境教育」に取り組む学生と市民の活動への顧問として。
けれどもホタルをキャンパス内で飛ばし続けることに難しさを感じていて、その部分での貢献はしていなかった。
それに比べて鈴虫とカブトムシは簡単だ。
カブトムシなら自宅の庭で毎年ジャカジャカ羽化する。土作りのために大量に集積した落ち葉が彼らを呼び込んだ。
だから大学でも落ち葉を土の上に集積すればカブトムシが飛ぶ筈だ。
しかし簡単すぎると面白くない。難しすぎるのも簡単すぎるのも嫌だって言うのだから、まあ我が儘かも知れない。
それにカブトムシは舗装した場所で逆さになって、起き上がれずにもがいていることがある。
足で踏みつける人はまず居るまいが、蹴飛ばしたり、自転車で踏みつけてしまったら、気分の良いものではない。
これが鈴虫の方に惹かれた、個人的な理由だった。
そこまでは良いが、鈴虫には別の困難があった。「遺伝子攪乱」という言葉をご存じだろうか? それを懸念した。
鈴虫を飼育する人は多いので、分けて貰うことは難しくないだろう。けれどもその鈴虫はどの地域の鈴虫なのか?
地域によって少しずつ遺伝子は違う。各々の地域の気候・風土に合わせた生活リズムがあったり、
特にゲンジボタルは有名で、方言を持っている。つまり雄と雌が交信する時の光の明滅テンポが地域によって違う。
混ぜてしまうと子孫を残せなくなる、と言う訳だ。
だから異なる地域の生物を野外に放ってはいけない、と言うことになっている。ホタルに限らず鈴虫でもなんでも。
ホタルは近くの生息地で捕まえたものを運んできていた。カブトムシなら勝手に近くから飛んで来る。鈴虫は?
環境を標榜する活動の中で、遺伝子攪乱の問題を指摘されるのは避けたい。
私自身は遺伝子攪乱に対して懐疑的だ。「それ優先度低くないか? 学者の調査地を荒らすな、ってのが本音じゃ...」
けれども可能ならば地元遺伝子の鈴虫が良いのは確かだ。
鈴虫の生息地を見つけたのは3年ほど前のことで、道路に出てきたヤマクダマキモドキを見て車を止めたときだった。
その脇に脚が2本も欠けた鈴虫の雌がいた。ひとまず捕まえたが翌日には死んでしまった。
死ぬ間際の鈴虫を見ていたときに気がついた。「スズムシ計画のためにこの雌に産卵させるべきだったのだ。」
その年は何度か通ったが、雄1匹を捕まえたのが精一杯。翌年も頑張った。片道1時間半。
大学から見て半分くらいの距離のところにも生息することを見つけるが、その時は既に季節の終盤だった。
その翌年、つまり去年の秋にやっと雌4匹を捕まえた。
雄は鳴くから見つけやすいが、雌は本当に大変。偶然に出てきたところを懐中電灯の明かりで照らさないと駄目。
雄の声のする付近で、雄の声には目もくれず地面をライトで照らし続ける。
割と効果的なのは、車をひたすらゆっくり運転して、道路にそれらしき黒い影がないか探す方法だ。
そのために去年の春には自分の車にフォグランプを付けた。近くを照らすために。疑わしき影を見つけたら車を止めて、
まずは車内から単眼鏡で焦点を合わせて観察する。それで「落ち葉だ」とか、分かることも多い。
分からなければ車を降りたり、車をその横に移動してドアを開けたりして、影の正体を突き止める。
鈴虫より他のコオロギの方が圧倒的に多い。だから「あの影は歩いている」と思って、降りて近づいても大概は空振り。
とにかく大変な苦労をして雌4匹を捕まえたわけだ。
さすがに美しい声。寝床に付いたら部屋が離れているのに良く通る声が聞こえてきた。外ではコオロギも鳴いている。
エンマコオロギなどはかなりの美声で、外で沢山鳴いているのが聞こえてくるが、それとはまた違った透明感のある声。
昔の日本人がこの虫を手元に置いて鳴かせたいと思った理由が分かるような気がした。

   
           鈴虫の雌(左)と鳴いている雄(右)
それが上の写真だ。雌の翅が乱れているのは、捕まえたときのダメージだ。小さくて柔らかくて、素早く逃げるし...。
これでも4匹中で一番ましな方。実は雌の翅は簡単に外れる仕組みになっていて、外敵から逃れる手段でもある。
翅が外れると黄色い腹部が目立って、如何にも損傷が大きく見えるのだけど、彼女らは全然オッケーなのだろう。
両方の翅とも外れてしまった雌の卵が今一番良く孵化している。
孵化の多少には大変な開きがある。雌1匹と雄2-3匹の組合せでひとつのケースに入れ、合計4つのケースに飼った。
その結果、卵も雌毎に4つのケースに分けて冬を越した。理由はケースの広さの問題よりも、遺伝系統の管理が大きい。
それとリスク分散の意味も大きかった。
最初に生まれ始めたケースの幼虫は既に50匹以上になっている。ごちゃごちゃ密集して、歩けば誰かに当たる。
画用紙の足場も使っている。それによって有効面積が増えるのだが、その面積を入れてもそろそろ窮屈になって来た。
次に生まれたケースは現在10匹程度だろうか? その次は3-4匹、最後のケースはまだ孵化してこない。
何故ケースによって孵化の時期が微妙にずれているのか分からない。もしかしたら単に孵化率が違うのかも知れない。
けれども他の可能性もあって、ひとつには同じように管理したつもりが違っていた可能性。
もっと面白い可能性としては、遺伝的に少しずつ孵化のタイミングが違っている可能性もある。母親の個体差。
上の遺伝子攪乱にも通じる問題なのだが、孵化のタイミングは調べてみると温度で決まることになっている。
実はそのことで孵化前から悩んでいた。戸外の昼の気温が20度とか25度とか書いてある。
ところがその通りだとすると、もう孵化していなければならなかった。失敗したのではないかと恐怖がよぎる。
とうとう「夜の温度も25度以上にしてしまおう」と考えて、台所のある部屋を暖房し始めて数日後の孵化だった。
この蒸し暑い季節に暖房する羽目になるとは!
佐賀は国内では早い時期から気温が上がる方だから、鈴虫にとって早めに孵化しても良いことにはなるけれど、
幼虫の期間は一定なので、成虫期もその分だけ早くなってしまう。
そのまま成虫期を全く違った気候条件で過ごすやり方は、キリギリスがそうやっているので、鈴虫も同じかと思った。
けれども記述通りの気温になっても生まれないと言うことは、佐賀の鈴虫はもっと高温になる必要があるのだ。
もし佐賀の気候に合わせて孵化するのだとしたら、それはまさに地域に固有の遺伝子を持っていると言うことになる。
この仮説が正しいなら、苦労して地元遺伝子の鈴虫を確保したのは正解だった訳である。
別の可能性も考えた。ちょうど入梅時である。その前の季節は五月晴れで土の中も少々高温乾燥気味になるはずだ。
梅雨に入ると湿気が増えると同時に、少し温度が下がる。それを目印に孵化している可能性はないか?
キリギリスの経験では、小さい幼虫は乾燥に弱い。さりとてビチョビチョに濡らしたら病気になる。
乾燥に弱い癖して上に登る習性があって困った。鈴虫は更に乾燥に弱そうだから梅雨時に合わせて生まれるとか?
そこで通常よりも少し湿り気を多くしてみた。暖房は続けたが戸外の温度が梅雨入りと同時に下がって室内も下がった。
だから「梅雨入りを目印に孵化する」仮説も有力だ。それなら遺伝子ではないかも知れない。
まだ幼虫の数は足りない。学生さん10人に飼育して貰うことになっている。これは授業の一環で受講生が10人だからだ。
学生1人に10匹を渡すなら100匹必要だ。更に100匹程度、つまり合計200匹くらい欲しい。
自分の庭でも実験するためと、全て野外に放って全滅してしまうと困るので、最後まで飼育し続けて産卵させるためだ。
当分の間は毎年育てて交尾・産卵させないとならないのだ。
鉄砲虫の正体は誰だ?
この冬のこと、ピンクネコヤナギと言うネコヤナギの品種の枝が枯れた。鉄砲虫に中の材部を食い荒らされていた。
鉄砲虫を退治し始めて、途中で止めた。この鉄砲虫は何カミキリの幼虫なのかしらん?
鉄砲虫はカミキリムシの幼虫のこと、と言うか、鉄砲虫の方が先で後から成虫のカミキリムシと繋がった、と言うべきか。
そこまでは分かっていたのだが、普段見かけるカミキリムシと言えば、ゴマダラカミキリとかクワカミキリが多い。
それにしては鉄砲虫の大きさが小さいような気がしたのだ。
そこでその鉄砲虫を、食い荒らされて枯れた枝と一緒に飼育容器に入れて、羽化してくるカミキリを確認することにした。
時々、と言っても1-2ヶ月に一度だが、枯れ枝に水を掛けて湿らせてやるようにして、後は冷暗所に置いたままだった。
暖かくなってからは、水掛けよりもう少し高い頻度で様子を見に行くようにしていた。羽化していないか見るために。
仮に羽化してすぐに見つけられなかったとしても一応大丈夫だ。死体でもカミキリの種類くらいは分かるから。
けれども出来れば生きた状態で見つけたかったので、時々様子を見ていたのだが、なかなか羽化しなかった。
当たり前だが鉄砲虫の姿は見えないし、ガサゴソ音がするわけでもない。
中の枝が食われて粉々になっていく、と言う事もない。「こいつちゃんと生きているのかな? まだ捨てるのは早いよね。」
と思って昨日見たら羽化していた。ゴマダラカミキリの雄2匹が。鉄砲虫は2匹だったっけ? いや3匹?
ケースをのぞき込む私の気配を察して、1匹がトコトコと歩き始めた。

   
        羽化したゴマダラカミキリ、右は2匹で暴れているところ
ゴマダラカミキリは比較的スタイルが良い。クワカミキリの方が身体は大きいけれど、スタイルではゴマダラに軍配だ。
カミキリ特有の長くて太い触角が立派で、加えて6本の脚も全体に長く太い。雄はなお一層。
小学生の頃に育った東京でもゴマダラカミキリはいた。身の回りで捕まえることが可能な昆虫では最大級の虫だった。
佐賀には他にもいろいろな昆虫が居る。だから有難味がないと最初は思っていたが、今では考え方が変わった。
そこで時々飼育してみるのだが、そのおかげで成虫の好みは把握している。センダンの葉や若枝の樹皮を囓る。
センダンは庭に勝手に生えてくる樹木のひとつで、1本は意図的に育てているが、他は邪魔にならない程度に毎年切る。
その葉を一枚採ってきて入れた。
センダンの葉の一枚が読者には分かるだろうか? 巨大な2-3回羽状複葉で、多数の小葉と葉軸から成り立っている。
知らないと普通は小葉のことを一枚の葉だと思ってしまい、葉軸は本当は葉の一部なのだけど枝と勘違いしてしまう。
そう言う植物学的な意味の「一枚の葉」を与えた。大きいので何重にも折りたたんで入れた。
写真に写っている緑色の部分はそのセンダンの葉で、左側の写真には葉軸や小葉もちゃんと写っているのが見える。
そして茶色い部分が幼虫時代に必要だった枯れ枝。
写真を撮影しようとしたら、この子らはとんでもなく非協力的だった。センダンを食べるときはとてもおとなしかったのに。
まず1匹は下の方へ潜り込んでしまう。竹ひごで追い出していたら、今度はもう1匹が翅を使って飛び立ってしまう。
今度は飛び立ってしまう方を相手しなければならなくなって、それを何度となく戻す。
当然ながらカミキリ特有の「シクシク」言う摩擦音を鳴らせて逃げ惑う。なかなか立ち止まらないから撮影できない。
10回くらい飛び立った後だったろうか、やっと立ち止まったので撮影したのが左の写真。
手持ち撮影には絞りを開放せざるを得ず、ピンぼけ・手ぶれ・被写体ぶれ...。20枚ほど撮影して一番ましな1枚だ。
次にもう1匹も、同時に2匹、一枚の写真に納めようとする。
さっきは仲良く顔を付き合わせていたのだけど、そう言う姿を撮影するのは絶望的だと認識しながら試みたのが右写真。
無理矢理2匹を近くにすると互いに刺激し合って大暴れ!
とにかく「敵から逃げないといけない」と思っているのだから、どうしようもない。上に写っている1匹は牙を剥いている。
一方がもう一方の脚に噛みついて、折ってしまった。
さてクワカミキリはイチジクに被害が大きいので退治することにしている。ゴマダラカミキリをどうするかは決めていない。
センダンは丈夫で成長も早いから少々囓られても何ともない。問題はネコヤナギだが幼虫はネコヤナギ専門ではなさそう。
それがゴマダラカミキリであることを確認したことによる結論でもある。ネコヤナギにたかった幼虫が多いときだけ退治して、
普段は“放置”で良いかも知れない。


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