ハンミョウ [続編]
2020.10.29
今年も飼育してみたことで新たに分かったことがある。その辺の新しい情報をこの辺でひとまず報告しておきたい。
昨年の話を下敷きにして情報を追加することになるので、先にそちらを読んで欲しい。
夏に再びハンミョウのいた場所を訪ねた。今度もカゴノキが目的で、特に雌花の咲いている時期を狙って訪ねた。
カゴノキの開花時期は毎年大幅に変化するので様子を見ながら、結果的に3回も訪ねることになった。
その内の2回は捕虫網も車に積んでいって、下山後にハンミョウを捕まえた。去年は素手だったので苦労したが、
捕虫網があると割と簡単だった。雄と雌それぞれ5-6匹ずつ捕まえて、2匹ずつ飼育、残りを自宅の周辺に放った。
環境的には自宅の周りで生きていくことができそうな感じがするのだけど見かけない。
実は数年前にハンミョウの幼虫を庭で見つけた。ニワハンミョウの成虫は見るが、それにしては大きかった気がする。
と言うわけで、庭に放ったのもある意味で実験なのだ。
飼育した4匹の方はまだ1匹生きているが、冬越しすることもあるらしいので、まだまだ長期戦になるかも知れない。
複数飼育の試行錯誤
まず最初に、去年の“彼”が特別だったことが分かった。今年の4匹はそんなに私の方に駆け寄ってきたりしない。
昆虫にも1匹毎に性格の違いがあって、行動は同じではない。専門家に聞くと「行動は同じ」と言われるが、
まああれは嘘と言えば嘘。学問というものは「個別的な事柄を取り去った一般性のある事柄」に本質を見いだす。
だから昆虫の行動に個体による違いがあったとしても、それは研究対象ではなく、除外して考える対象なのだ。
その内研究者にとっては「なかったこと」になってしまうのだ。
もし行動の違いを数値化して、統計処理したら何か既存の分布関数で表現できた、とか言う話になったら俄然違う。
突然「行動の個体差」が研究の花形になるだろう。個性が分布関数という一般法則に置き換わるからだ。
その時でもやはり、我々が「個性」と称している概念と違うことにお気づきだろうか? 個々の個性はもはや見えない。
全体の統計分布だけに学術的意味を見いだす。
ただ去年と飼育方法も少し違うので、個性と断定できるわけではない。去年は1匹だけ世話して愛情を注いでいた。
今年は複数だし、更に餌の与え方も、試しに1ヶ月以上の間、金魚の餌ばかり与えてみていた。
最近になって1匹だけ残っている雌が、時々去年の“彼”のように近づいてくることがあるのは、やはり1匹だけ故?
そう言う違いもあるが、多分これは個体差が主要因である可能性が高い。
彼らの駆け寄る所作は、「ダルマさんが転んだ」みたいだ。素早く数歩進んでピタッと止まる。また数歩進んで止まる。
多分止まることで周囲の状況を見て確認しているのだと思うが、「ダルマさんが転んだ」方式で近づいてくる。
ところで餌に関しては、どうやら金魚の餌だけでも大丈夫なようだ。今年は卵のパックを鋏で切って水入れを作った。
多少安定が悪かったり、形も不揃いになったが、数を作れるので、水入れ以外に餌入れも同じように作って、
そこに少しの水と金魚の餌を数粒入れてふやかすようにしている。それによって去年に比べて土が汚れにくくなった。
ただそれでも餌を咥えて運んでしまうので、ある程度は土の表面に餌が落ちる。
自然界から得られる餌で試して新たに成功したのは、蛙の死体とジョロウグモだ。蛙の死体はやや乾燥していたが、
それでも食べた。元々はカマキリに与えてみたもので、カマキリが食べないうちに死んでしまい、
死ぬと動かないからカマキリは食べない。そこで試しにハンミョウに与えてみた。因みに蛙の種類はヌマガエルだ。
毎年ヌマガエルは大量発生して、鈴虫の外敵になるので退治している。ただ殺すのではなく「せめて餌に」と。
一方ジョロウグモは脚を1-2本残して全てむしり取った。その過程でショック死してしまうことも多いが、
生きていてハンミョウに反撃しようと噛み付く場合でも、その武器の部分を繰り返し咬んで、遂に反撃能力を奪った。
自分より大きいのに、勇敢というか、命知らずというか...。
最初は4匹1つの容器で飼育していたが、途中から個別に飼育した。弱ると他の個体がかじりついたりするらしく、
足が折れた状態の個体が瀕死の状態で見つかった。もちろん標本にはそれは具合悪い。
とは言え、幼虫に関しても飼育を試してみようと思っていたので、交尾のために一時的に一緒にすることもあった。
そのときの交尾の様子を写真に撮ったのが下の写真だ。
去年の写真と色が違って見えるのはライティングの影響。去年は電球色LEDだったのを今年は昼光色蛍光ランプだ。
太陽光の下で見た印象は去年よりも、上の写真の方が近い。が、最後は皆さんの表示装置に依存するので、...。
幼虫の飼育に関して調べて見ると、土の中で別の幼虫と巣穴が繋がってしまうと、共食いが避けられないと言う。
ハンミョウの幼虫の生態に詳しくないと意味不明かも知れないので説明しておこう。
まずハンミョウの幼虫は、土の中に穴を掘って暮らす。体は白くて頭が黒~茶色。カブトムシの幼虫に似ている。
大きさはもちろんカブトムシの幼虫よりずっと小さいが。形も少し違って、長細くて腰が屈曲している。
穴の入り口で待ち構えていて、近くを通る小さな虫を電光石火の早業でくわえて穴に引きずり込んで食べる。
このような肉食なので、巣穴が繋がってしまうと共食いが起きる。飼育している場合には概して過密になるので、
穴が繋がりやすく、特に容器の底に達して横向きに巣穴が伸び始めると危険だ。
育ってくると最終的には縦に20cmくらいの穴を掘るとの記述を見つけた。従って横穴が容器の底に伸びないために、
深さ20cm程度の土を入れたい。手持ちの中で一番大きなプラケースがぎりぎりの大きさだった。
「20cmの深さに土を入れて、上に雌が暮らす空間ができる」必要がある。まず2匹の雌の内の1匹を入れた。
因みに土は粘土質で少し湿らせる。佐賀平野は元々粘土質の土だから、庭を深く掘れば出てくる。
土に幼虫の穴が見つかったのは、驚くほど早かった。要するに卵で休眠しなかったようなのだ。もう既に秋なのに!
暫くしてもう1匹と交換してみたが、何故か最初の雌はその後3-4日で死んでしまった。今回の4匹の中では死に方が
老衰と解釈できそうなのは、この雌と雄2匹の内の1匹だった。
残る雄1匹は、私の世話が悪くて死なせてしまった。仕事でとんでもなく遅くなって、朝の4時頃に帰宅したときだった。
「本当はハンミョウの世話するタイミングなのだが」と思いつつ寝てしまった。
その翌日、瀕死の状態の雄がいた。水を口に含ませると数時間後でも生きていたので、含ませる水に蜂蜜を混ぜた。
何もしないより2日ほども長生きしたが、快復はしなかった。御免!
2匹目の雌を観察しても卵を産む気配がないし、新たな幼虫の穴もできないので、試しに一旦雄と一緒にしてみた。
もしかしたら交尾が必要なのかも知れない。様子を見ても交尾を我慢させられているかどうかは分からない。
調べるには雄と一緒にすれば良いわけだ。そして一緒にしたらすぐ交尾した。
そもそもハンミョウの雌は一度交尾すれば、その後死ぬまで有精卵を生み続けられる能力を持っているのだろうか?
成虫で冬越ししたり、しなかったり、産卵時期も冬眠中を除いて季節に縛られないらしい。幼虫でも冬眠可能らしい。
このような新しい情報から考えて、交尾を繰り返す可能性の方が高いとも思った。
ただ交尾の時には雄が雌の首を、大きな牙で咥えて抑える。それに雌が驚いて逃げようとしたが、首を咥えられたら
その後は静かに交尾を待っているような感じになった。
交尾の終了が大変そうだった。雄が交尾器を引き抜こうとすると、雌の交尾器が雌の尻から出てきてしまって、
雌の首を咥える牙を必死に前に伸ばして、雄の尻は後ろに伸ばして、雄の体長が足りない!
カブトムシの交尾を思い出して心配した。カブトムシの交尾を無理矢理引き離そうとすると、雌の交尾器が出てきて
雌はその後死んでしまう。雌を死なせずに交尾を止めさせる方法はある。雄の交尾器をはさみで切断してしまうのだ。
何とその荒療治でもカブトムシの雄は死なない。けど多分その後は交尾ができなくなる。
ハンミョウの場合は分からないが、交尾の途中で妨害が入るのは危険と考えて、何も手出ししなかった。
それなのに雌から交尾器が出てきてしまった。大丈夫か? 結局どうやら大丈夫だった。交尾終了と同時に交尾器は、
両者とも自分の体に収まった。
交尾を終了しようとして必死に身体を伸ばす雄(上)と、雄を気にしてはいるが本心の読めない雌(下)
幼虫の飼育にチャレンジ
もしかしたら幼虫も金魚の餌で飼育できないだろうか? 実験のつもりでやっているが、今のところ「可能ではある」。
まず出現した幼虫の穴の直径(≒頭の直径)が2mm余りだった。それに合わせて極小サイズの金魚の餌を買ってきた。
乾燥状態では1mm強しかない。それでも水を吸うと膨れて、しばしば穴の縁に引っかかってしまう。
水で柔らかくなった餌を特製の針に刺して、幼虫の目の前に差し出す。なるべく地面を這っている様に見せるために、
穴の横から穴に向かって動かしていくと、騙されて噛み付くことがある。
噛み付いて穴に引きずり込む動作は本当に一瞬のことで、その瞬間に餌は針から外れる。スムーズに外れるように、
針を寝かせて先端から幼虫の穴に近づけるのが良いようだ。
上写真の下が去年成虫の餌を刺すために作った針金の“千枚通し”であるが、幼虫用の小さい餌には太すぎたので、
新たに作ったのが上の“千枚通し”だ。針の部分は昆虫標本用の虫ピンで、極細の0.3mmである。
それを適当な枝の皮を剥いだものに取り付けた。枝の髄の部分に押し込んで、瞬間接着剤を隙間に流し込んだ。
枝に被せたストローをスライドさせて針のキャップにする仕掛けである。この昆虫標本用の虫ピンは通販で手に入れた。
本当に標本用に買ったもので100本入りだった。その1本を使った。
さて幼虫を金魚の餌で育てることができるか、つい先日は悲観的になっていた。少しずつ幼虫の数が減る印象だった。
どうも餌をなかなか食べようとしない個体がいる。巣穴の入り口に入れておくと、引き込んでくれることもあるが、
大概は暫くすると、穴の外に撥ね飛ばしてしまう。
そもそも積極的に穴に引き込んだ時でも、中でちゃんと食べているのか、確かめようがない。
もし後から私が餌を与え終わってから、外に撥ね出した場合は、地上には成虫の雌がいて、まもなく拾って食べる筈だ。
従って遅れて外に出した場合は私には分からない。
幼虫用の餌として小さな蠅を与える、との記述もウェブ上に見つけて、ショウジョウバエを呼び込むことも試みた。
梨の芯を腐り始めるまで入れておいたのだが、ショウジョウバエは入ってこなかった。
必要のないときは沢山やってくるのに、...。実は今年はショウジョウバエ対策で台所の生ゴミに風を当てている。
生ゴミが乾燥するだけでなく、ショウジョウバエの成虫が風で着地できないことも狙っている。
そのせいで我が家のショウジョウバエが激減しているのは事実だが、これでは少し増えた程度では焼け石に水だ。
ショウジョウバエは諦めた。さりとてコバエを買う気にはならないので、金魚の餌に戻って実験継続だ。
幼虫の穴は10個程度なので、どの辺にあるか覚えていてそこに餌を運ぶのだが、意外に頻繁に穴の場所が変わる。
と言うより前日までの穴が消えたり、別の場所に新たな穴が出現したり。
ひと休みしたいときは穴の入り口を塞いで、安全な状態で中に止まる可能性はあると思った。
しかし消えた穴と新しい穴の位置が離れている。そんな調子なので、穴の主が同じ個体なのか、甚だ疑問だった。
もしかしたら次々死んでしまって、次々卵が孵化しているのかも知れない。
何か様子のおかしい幼虫がいた。穴から覗く頭を餌で触っても、食いつきもせず、穴の奥に逃げることもしない。
普通はどちらかの反応を示すはずだ。ちょっとつついてみたら、やせ細った姿で穴から出てきた。
身体を穴の側面に固定することができないから動かなかったのだ。それを見たときは「これは駄目だ」と思った。
悲観は頂点に達した。
しかしすぐに断念することはしないで、全滅するまで餌を与え続けようと考えた。
そのわずか翌日だった。突然、今までの2倍ほどもある大きな穴が出現して、その穴から大きな頭が覗いていた。
脱皮した個体であることは間違いない。ちゃんと成長していたのだ。
写真の左端に大きな個体の頭が見える。一方右端には小さな個体だ。前者は左を、後者は左手前を向いている。
他の幼虫とサイズが違いすぎて、不気味なくらい、圧倒的存在感だ。
このくらい大きければ、金魚の餌も成虫と同じサイズで問題ないようだ。ほとんど撥ね飛ばすことなく穴に引き込む。
食べる量も多く、翌々日からは1日2粒、分量にしたら小さい個体の10倍以上になる。
幼虫の飼育は小さい内が死亡率高く、そこを乗り切ることができれば、その先は順調に育つのではないだろうか?
如何にもありそうな話だ。多くの動物で小さいときが一番飼いにくいものだ。
ただまだ少しだけ不安もある。この個体が大きくなった理由が共食いだとしたら...、
金魚の餌で育てる実験の成功を意味しない。まだ最終的な結論を下す段階にはないが、俄然気持ちが軽くなった。
これから大きな個体が更に出現することを期待しよう。
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