接ぎ木に四苦八苦
2016.3.19
結局のところ、これは「接ぎ木がへたくそです。」って言う話なんだけど、数年前から少しずつ突破口が開けつつある。
これまで一番接ぎ木で手こずっている樹木はカゴノキ。照葉樹林に生える自然の樹木だ。
とは言え照葉樹林でもそれほど頻繁に出現するわけではない。樹皮にできる鹿子模様が面白いと私は思っている。
のだけど、どうも同じ考えの人はいないようで、誰も庭木にはしない。だから普通の園芸店には売っていない。
店員に聞いたり、造園業者に聞いても「どう言う木ですか?」と聞いてくれればまだ良い方。適当に誤魔化されたりする。
そこで山に探しに行く訳だが、容易ならざる問題がある。
山から移植可能なのは幼木だ。ところが幼木だとまだ最大の特徴である樹皮が出てこない。もちろん花も咲かない。
すると同じクスノキ科でも、もっと頻繁に出現するタブノキと見分けるのが難しい。
図鑑には、葉柄と葉身の境目を観察して、流れるように繋がっていればタブノキ、と言う具合に書かれている。
しかし実際に観察してみると微妙、中間的な葉がいくらでもあって、多数の葉を調べた時の傾向に過ぎないような...。
苦しむ内に段々慣れてきて、若枝だけでも見分けられるようになって来た。
タブノキは2年以上経過した枝でもまだ緑色なのに対して、カゴノキでは翌年には紫褐色になる。
更に秋や冬で筍芽(充実した大きな芽)があれば、細長いのがカゴノキ、太短いのがタブノキ。
カゴノキ タブノキ
それで解決かというとそうではない。カゴノキには雄株と雌株がある。雌株には初秋に赤い実がなってなかなか美しい。
だから雌株が欲しい。家の近くに雄株が生えている様子はないので、受粉樹として雄株も必要になりそうだ。
ところが雄株か雌株かは育ててみるまで分からない。
そこで雌株だと分かっている木を幼苗に接ぎ木しようと考えたわけである。車で45分程の距離には雄株が2本。
その周辺を散々探し回ったら更に3本見つかったが、それも全て雄株だ! 1本が1/2の確率なら1/32の確率、本当?
では雌株は? 高速道路も使い2時間近く掛かる所が登山口、そこから更に30分以上も山登りをした場所に見つけた。
うーん、これは遠いぞっ!!!
何度も通って接ぎ木をしてみるが、どうも活着しない。梅を接ぎ木した経験から、通常と異なり良く秋に接ぎ木をするが、
春でも秋でも同じだった。秋で10月以降なら穂木が枯れるまで日数が掛かるけれど、結局枯れてしまう。
余りにも頻繁に接ぎ木をするので、山で取ってきたカゴノキの芽生えでは、台木の回復力が追いつかなくなり、
大分県にある唯一カゴノキを通販してくれる園芸店から、都合10本ほどもの苗木を買って、それを台木にしている。
それにしてもわずか数本の枝を採取してくるために、高速料金を払って半日以上の大仕事、汗だくになって山登りして、
それだのに「やっぱりダメだったか」、その繰り返しなのだ。
そこでついに本を何冊も調べて、常緑樹の接ぎ木方法を再検討した。それまでは昔見た椿の接ぎ木の写真を参考に、
接ぎ穂の葉を残した上で、その葉も含めて乾燥しないように保護する方法を繰り返していた。
けれども季節を変えたりして何度やっても成功しないので、これは根本的に何か違った方法を試す必要があると考えた。
調べると落葉樹のように全ての葉を取ってしまう接ぎ木方法を記した本もあった。
そこでこの方法を試してみたが、やはり成功しなかった。もう少し別の季節でも試す必要があるが、何となくではあるが、
問題はそう言うことではないような気がしている。
モクレンの接ぎ木のコツを掴む
接ぎ木が成功しないのはカゴノキだけではなかった。モクレンや辛夷は落葉樹だ。だから梅と同じやり方で良いと考えた。
梅はどうやっているのかというと、秋に接ぎ木して、接ぎ蝋代わりの木工ボンドを塗っておく。
春になって新芽が伸びるのにボンドが邪魔になるなら、水でふやけた雨上がりなどに引っ掻けば簡単に取ることができる。
梅に限らず、桜とかハナカイドウとか、バラ科では大体この方法で成功している。
ところがモクレン類の場合、春になっても接ぎ穂の新芽がほとんど膨らまないで台木の芽が伸び、接ぎ穂は枯れてしまう。
切り接ぎ法(上図:台木を切った先端に接ぐ)でも腹接ぎ法(上図:台木の側面を削り込んで接ぐ)でも同じだった。
秋に接いでから春まで半年もの間、ちゃんと接ぎ穂は生きているのに、春になってから枯れてしまう。
この様子から考えて、最初は春先の管理方法を試行錯誤した。しかし台木の芽を摘んでみる位しか工夫の余地がない。
ついに別の仮説を立ててみたのが、数年前のことだった。
接ぎ蝋代わりの木工ボンドで、冬の間に接ぎ穂が窒息状態に置かれて、冬季本来の生理状態に入れないのかも知れない。
接ぎ木した当初は接ぎ穂に樹液が回らないので、乾燥を防ぐために保護してやる必要がある。
そのための接ぎ蝋なのだが、専用の接ぎ蝋でなくても同じと考えて、最初に木工ボンドを梅に試したら成功したのだった。
けれどもモクレン類の場合どうも巧くいかないのは窒息かも知れない。だとすれば接ぎ蝋でも大同小異の筈だ。
そこで糊を使ってみた。まず最も原始的なデンプン糊は、乾燥と同時にひび割れたので、次に合成糊を試したら良い感じ。
糊は雨水に溶けるのですぐに流れて冬には接ぎ穂は裸になる。が、それでもダメだった。
そこで今度は、「もうやけくそだ。接ぎ穂には何も塗らないぞ。」と、アルミホイルを被せただけで、それも2週間ほどで外した。
するとどうだ、乾燥に持ちこたえた接ぎ穂の芽が、翌春になってちゃんと伸びたではないか!
そこで同じ方法を梅や桜にも適用してみたが、こちらは逆に成績が落ちる。ホイルだけでは接ぎ穂が乾燥に負けてしまう。
樹木の種類によって想像以上に性質が違ったのだ。
この発見のおかげで、辛夷の問題が一気に解決した。辛夷も植えたいと思っている。カゴノキ同様に高木に育てるつもりだ。
大きくしないと花が咲かないので園芸店には少ないが、街路樹の種を蒔けば良く発芽して育つ。入手は簡単だ。
けれども辛夷の花について、少々注文があった。辛夷の花は大概、花弁の根元にかすかに赤紫の帯が走る。
その帯がない花、つまり純白の花が咲く辛夷が欲しかったのだ。
今までは多数の辛夷の実生を育てて、花が咲くのを気長に待とうとしていた。大きくならないと咲かないので困難な作戦だ。
それが純白の花が咲く辛夷を見つけて、蒔いて育てた辛夷の実生に接げば良くなったのだ。
調子に乗って泰山木も、辛夷の実生に接ぎ木してみた。常緑のモクレン科樹木である。葉は取ってホイルのみ掛けた。
これはモクレン科の落葉樹と全く同じ方法と言うことになるのだが、そうしたらあっさり活着した。
こうして我が家の一員となった泰山木の苗木は、昨年の晩秋から研究室に置いて世話している(上写真)。
観葉植物のような葉をしているので、室内に置けばなかなか様になる。そう考えてネット検索してみたのだが、
泰山木が室内環境でも生きていけるかどうか、欲しい情報が見つからなかった。そこで試しているが、今のところは大丈夫。
今春の新芽が伸びるかどうか、夏にはどうか、それによっては戸外に戻さねばならない。
常緑・落葉よりも分類群が重要?
そこで考えて見た。もしかしたらカゴノキも常緑樹であることよりも別の問題が障害になって、活着しないのかも知れない。
実験のつもりと、万が一に枯れた場合に品種を確保しておく意味を兼ねて、枇杷を接いでみた。
枇杷も常緑樹だが、これはバラ科である。だから接ぎ穂の葉を取って、ばっちり乾燥から保護してやる方法が良いことになる。
その実験を実行したのが半年前の秋だった。因みに枇杷の実生は、食べた実の種を庭に捨てると勝手に出る。
同時に「挿し呼び接ぎ」という方法も試して見た。カゴノキに四苦八苦するときにはすっかり忘れていたが、「瓶接ぎ」とも言う。
瓶接ぎの名前で、椿専門の本の中に椿の接ぎ木方法として書かれていた。
しかし椿は挿し木が容易。接ぎ木の必要がないものだから、椿の接ぎ木方法のページは学生の頃から開いていなかった。
カゴノキのために多数の本を調べているとき、その中の一冊に書かれているのを見て、「あっ、そうだったよな」と思いだした。
ずっと前に知っていたはずだが、初めて実際にやってみた。
挿し呼び接ぎについて説明しよう。まず呼び接ぎという方法がある。接ぎ穂にする木が、手元にある場合にしか使えない方法で、
普通は接ぎ穂と台木の内のどちらか、あるいは両方が鉢植えになっている必要がある。
接ぎ穂にする木も台木も切らずに、枝の側面同士の接ぐ面を中の木部が出るまで削って密着させる(上の方に図)。
そのまま様子を見て活着したら、接ぎ穂の方は接ぎ木箇所の下で、台木の方は接ぎ木箇所の上で切って一本の苗木にする。
たとえ失敗してもどちらも枯れないのがこの方法のメリットで、適用できる条件が厳しくまた大量生産できないのがデメリットだ。
実はこの方法は、現在コミネカエデの接ぎ木に適用してみている。
コミネカエデは九州で1000m級の山に登ると割とよく見かける植物で、日本原産の楓類の中で葉の切れ込みが最も賑やかだ。
そこで何度か植えてみたが、2-3年経つと枯れてしまう、と言うことの繰り返しである。
やはり山の冷涼な気候が良いのかも知れないが、こういうときに良くやる手法が接ぎ木だ。例えば石楠花の苗木は多くの場合、
赤星石楠花という台湾原産の丈夫な石楠花に接ぎ木してある。同じようにしたら解決するかも知れない。
平地で丈夫な近縁種としては、イロハモミジやトウカエデならその辺に勝手に生えてきて、草刈りの時に切られたりしている。
それを抜いてくれば良いわけだ。大学構内で探してみたら多かったのはトウカエデだった。
こうして去年の秋に呼び接ぎしたコミネカエデは、今のところ生きているがそれは当たり前。結果が出るにはまだ半年はかかる。
喜ばしいのは同時に接いだコミネカエデの腹接ぎが成功して、いよいよ新芽を膨らませ始めたことだ。
さて呼び接ぎは分かったとして、挿し呼び接ぎは呼び接ぎの弱点を避けつつ、ある程度呼び接ぎに近い状態を実現するものだ。
接ぎ穂に根っこはついていないから、結果的に接ぎ木に失敗すれば接ぎ穂は枯れるのだが、少し長生きさせる工夫がある。
接ぎ穂の枝を長めに取っておいて、それを呼び接ぎの要領で接ぎ、接ぎ穂の下端を容器に入れた水に入れて吸わせる。
花瓶に花を生けるのと同じことで、植物の種類や季節によっては2ヶ月くらい接ぎ穂が生きていたりするわけだ。
「待てよ。水を入れた容器に入れるよりも、湿った土に挿し木状態に置く方が長持ちするよな。」と考えて、少し工夫してみた。
それが2年ほど前のことで、まずカゴノキで試した。残念ながら数ヶ月生きながらえておきながら早春に枯れてしまった。
そこでやっと枇杷に話を戻そう。バラ科に関する落葉樹的な方法の他に、挿し呼び接ぎも試して見ることにした、という訳だ。
水分は下から供給されるので、葉を付けたままの穂木を何も保護しないで接いでみた。
つまり上に書いてきたバラ科の接ぎ方とは対極になるが、乾燥に対する備えは必要ないはずだから、これで良い理屈なのだ。
その結果は現在微妙な段階にある。未だに接ぎ穂は生きている。ところが芽が動いていない。
それが季節的に普通なら良いのだが、同時に接いだ腹接ぎ、つまり葉を取ってボンドで保護した接ぎ穂が新芽を伸ばし始めた。
そのこと自体は良い結果だ。やはりバラ科は常緑樹であっても落葉樹と同じ方法で良いのだ。翻ってカゴノキは何故ダメか?
接ぎ方や技術に問題があると言うより、方法がカゴノキに合っていないと考えるべきだろう。
そして挿し呼び接ぎに関しては、さすがに活着していなければそろそろ枯れても良さそうだが、そこは普通の挿し呼び接ぎと違う。
接ぎ穂は挿し木状態なので、挿し木として活着してしまう可能性もあるし、椿の挿し木で良く経験するのは、
挿し木後一年経って生きているから「当然活着した」と思いきや、土をほぐしてみたら根が出ていない、と言うこともざらにある。
もしかしたら接ぎ木部分は活着しないまま、それでも挿し木として生きている可能性がある。もし仮にそうなっていたとするなら、
これは多分接ぎ方が悪いのだ。
カゴノキでも何ヶ月も接ぎ穂が生きていて活着しなかった。接いだ部分の合わせ面が癒合するのには充分な時間があった筈だ。
接ぎ方がこれまで経験してきた方法と違うので、上手に形成層を合わせられていない可能性がある。
この写真の左側がバラ科落葉樹的に接いだ枇杷で、右側が挿し呼び接ぎした枇杷である。台木にしていない余分な芽生えも
一緒に植わっているが、そこは無視して欲しい。2本直立して見える太い枝が、2本の接ぎ穂だ。
写真中央の下には挿し呼び接ぎの挿し穂の下部を差し入れるための、土を入れた細長くて赤いビニル袋が写っている。
接ぎ穂の方が台木より断然太いので、アンバランスになっているが、形成層はちゃんと合わせるように、
台木は深く、穂木は浅く、各々削って合わせてある。
左の穂木の先端に葉がついていないのは、見て分かるだろうか? 右の穂木には葉が付いていて、右下方向に垂れ下がる葉と、
左真横に向かう葉、それに右方向に重なり合っている葉の中の一番上の一枚が穂木の葉である。
この写真を撮ってから何ヶ月も経っているが、現在も葉の様子は同じで、変化したのは左の穂木の先端から新芽が出てきている。
台木の先端からも新芽が出てきたが、それは昨日折り取った。
「悩ましきカゴノキ」その後
さて現在カゴノキはどうなっているのか? 今年1月に原点回帰に近い方法で接いでみた。ただし昔と違うのは、真冬で寒いこと、
更に日光がほとんど当たらないことである。
「ミスト挿し」と言う方法がある。これは主に夏にやる挿し木法で、日光もガンガン当てながら水煙を掛ける、と言う挿し木法だ。
すると挿し穂は日光を受けているにもかかわらず、葉の温度上昇が抑えられ、水分を枝から余り要求せずに済む。
強い日差しのおかげでたっぷり光合成をして、それを根の生長に回すことができて活着しやすい、と言う方法だ。
この挿し木法を三ツ葉躑躅に使って、成功させた経験がある。
数年前にはそれをカゴノキの接ぎ木(挿し木でなく)にも適用してみたが、どうも巧くいかなかった。
水煙の発生装置として超音波加湿器を使ってみたのだが、屋外では風で水煙が飛んでしまうので、仕方なく風呂場に入れたら、
数ヶ月経って台木の生命力が落ちて、同時に穂木が枯れた。
戸外の植物を室内に入れると良くあることで、だから研究室の泰山木も、注意深く様子を観察している訳である。
結局“ミスト接ぎ”は成功しなかったが、戸外でなるべくそれに近い方法をと考えたのが、今試している方法だ。
湿度を保つためにビニルで覆うのは昔と同じ。けれども接ぎ木部から上だけではなく、台木の植木鉢から植物全体を覆っている。
そしてビニル袋に温室の作用をさせないために、光をほんとんど当てないことにした。
実際には家の北側の中央で、最も日光の当たりにくい場所に置いて、更に側面をコンクリートブロックや木の板で遮光している。
90リットルのゴミ袋を上下から被せてあるが、それを支える骨組みは100均の金網4枚で作った。
先月末に上下のビニル袋の間に隙間を作って、これまで内部の湿度が常時100%だったのを、時々100%未満に下がるようにした。
春の間に徐々に外気に曝して慣れさせる必要があるから、それに向けての第一歩なのだ。
季節的に今は、ちょうどカゴノキの新芽が膨らみ始める時期に差し掛かっていて、苗木や台木も芽を膨らませ始めた。
ビニル越しに見た限りでは穂木の新芽も膨らんできているが、もし活着していなければ膨らむ所までで、新芽は伸びずに枯れる。
それが今までの経験なので楽観していない。
それに新芽が伸びてきたら、急ピッチで外気に慣らさないと、新しく伸びた枝は超高湿度に適応して固まってしまう危険もある。
難しい時期に差し掛かっているので、今の接ぎ木の結果が出るのは、そう先のことではない。
失敗すればまた別の方法を試すが、いずれにしてもカゴノキの接ぎ木に成功したら再び報告したいと思う。
本心を言うと、成功すると思っていないから今こうして書いている。もしかしたら接ぎ木は元来無理なのかも知れない。
野生の植物なのでその辺の情報がない。早く諦めて多数の苗木を大きくして花を咲かせて、雌株を選ぶ作戦に切り替えるべき?
そう考える理由は、イヌガシという別のクスノキ科樹木の開花に関係するが、その話は次の機会に譲ろう。
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