震災となでしこ優勝 2013.5.14 |
かなり以前のこと、大学内で女子学生に呼び止められ署名を頼まれた。授業で教えたのかも知れないが思い出せない。
彼女の願いは大学に女子サッカーのクラブを作ることで、そのための署名だという。滅多に私は署名しない。
そもそもこの内容で署名を集める意味が理解できない。実際のところ署名にはほとんど効果がないのではあるまいか?
けれども余りにも懸命なので署名してあげた。
女子サッカーというものが存在することをその時初めて知ったのだが、ドタドタした光景を想像してしまい、
「観戦には適さないかも知れないな」と思った。それに当時の認識では(今も良く分からないのだが)、
女性は胸に物が当たると激痛が走るのだ、と理解していたから、胸トラップなど「以ての外」である。
もしかしたらこれは母の嘘だったかも知れないのだが、気安く確かめるわけにも行かないので謎のまま放置なのだ。
とにかくそれで、プレーの幅も限定されて益々見るに堪えない代物になりそうだ、と心の中で思ったのである。
それが全くの心得違いだったことを知るには、一昨年の女子W杯まで待つことになる。
さて震災後の日本に「優勝」の喜びをもたらしてくれた彼女らには、やはりまず最初に「ありがとう」と言いたい。
優勝してくれたこともさることながら、毎試合後に掲げてくれた
To Our Friends Around the World - Thank You for Your Support.
の横断幕が大きい。全ての日本人の思いを代表してこの言葉を掲げてくれた、と感じるからである。
その上で更に優勝してしまったのだから、これは大変なことである。
あの晩一応未明の試合開始時刻に合わせて目覚ましを掛けて寝た。けれども起きずに止めてしまったのだが、
これは最初から予定の行動だった。時々夜中に目を覚まして眠れないことがあるので、もしその時そうなっていたら、
その場合だけ起きて試合を見る。眠っていて起こされたら目覚ましを止める。そう言う予定だったのだ。
ところが翌日何気なくテレビを付けると再放送しているではないか。「もう再放送? まさかアメリカに勝ったの?」
その時は後半の終りに近いところで1-1の同点だった。そのまま最後まで見たが、最初から見たいと思って
番組表を出すと更に夜にも再放送されるが、見るのは厳しい時間帯だった。結局録画することになったのだが、
おかげでその録画はまだ消さずに残してある。
以上の顛末を学生に話したら叱られた。寝てて応援しなかったとは何事か! 「ご尤も」と言う気もする。
実を言うと見るのは怖くもあった。「勝つなら是非見たい。けど負けるのは見たくない」と言う身勝手な願望。
下馬評は完全に不利。だったら見ない方が安全かも。
試合経過を見ればやっぱり日本はアメリカに押されている。とにかく守備に追われている時間が長いこと。
勝っているチームが作戦で守備に力を入れると言うのではなくて、押し込まれて守備にまわらざるを得ない状況だ。
けれども引き分けてしまって、その後のPK戦には勝ってしまったのだ。
ドイツと当たることになったときも「これで終わりか」と思ったが、あの試合でもやっぱり勝ってしまった。
ゴールの瞬間には両手の拳を突き上げて喜んだ。
実力だけではないこと、それがスポーツの試合を面白くしていることに気づいたのは割と最近のことである。
正確に実力を反映しないのは、きまじめに考えると試合という評価方法の弱点のように思える。
ところが実力だけだと、何度試合をしても同じ結果になってしまって、試合するにも観戦するにもつまらない。
実力に加えて心理的駆け引きとか、様々な要因が影響する。そして最後には偶然までもが加味される、それが面白い。
その偶然も味方して結果的に優勝したのだ。
ところで帰国後の選手達の発言に少し異議があった。「女子は五輪で優勝しないと駄目」と言う発言に。
それが本人たちのモチベーションを高めるために必要だというなら、仕方がないのかも知れない。
だから今頃になって初めて反対意見を口にする。
W杯優勝後の女子サッカーに、以前の法則は成り立たない。
日本人の中での女子W杯の位置づけも、彼女らの活躍によって飛躍的に高まっていて、以前と違うはずだ。
その新しいW杯の位置づけが五輪と比べてどうなのか、本来のそのように考えなければいけない。
そのように考えたときに、これから日本ではW杯は五輪に比べて遜色ない注目を集めるのではないだろうか。
彼女たちは自分たちの成し遂げたことの大きさを、まだ本当には理解していない、と思ったわけである。
自分たちの位置づけと同時に、女子W杯の位置づけまでも変えたのだ。
変えたと言えば、「なでしこ」と言う言葉もそうだ。最初に聞いたとき、もちろん「大和撫子」の意だと思ったが、
「何だか弱そうな名前だな」と感じた。ナデシコという植物を思い浮かべて益々その印象を強くした。
花も優しげで、他の多くの植物同様に茎の強度も強くなく、単独で立ち上がると言うより相互にもたれ合って倒れない。
しかしテレビに映る澤選手の写真を見れば弱さそうではないので、ネーミングの問題だよね、と思ったものだ。
ところが今となっては「なでしこ」と言って最初に想起するのは女子サッカーになってしまったのだ。
それはあの年でなければ不可能だった。震災のあの年に優勝するのでなければ、ここまでの影響力は残らない。
手元にある録画のハーフタイムには、4ヶ月以上経ってもまだ収束させられない福島原発の最新状況に関するニュース、
それが「当然のトップニュース」として報じられている。試合にのめり込んでいたのが、はっと我に返る。
東北の、そして日本の現実を思い出す瞬間だ。あれは日本中が苦難の中にあえぐ時のW杯だったのだ。
日本人があの時のように深く打ちのめされた時期は、もしかしたら敗戦後の時代まで遡るかも知れない。
敗戦の時のことは話に聞くだけであるが、湯川博士のノーベル賞受賞が敗戦後の日本を勇気づけたと言う。
それと同じことを成し遂げたのだと評価したいと思う。
ところで五輪では決勝戦で敗れてしまった。その前の準決勝を観戦していたときに、気づいてしまったことがあった。
「五輪は準優勝止まりの方が良いかも知れない」
何と失敬な、と怒られそうだが、その方が目標が残って女子サッカーへの人々の興味が続くのではないだろうか?
そのためには「手を抜いて準優勝」では意味がない。「全力で戦って優勝を目指すがかなわず」でなければならない。
狙って準優勝というのは駄目なのだ。と言う事は原理的に思惑通りに事を運ぶ手段がない。そう言う類の事柄である。
そして結果的にその目標は残った。
全てが良い方向に回転しているように見える女子サッカーだが、問題なのは国内リーグの実力差では無かろうか。
結果が予想できすぎるのも...。上に書いた「偶然が加味される面白み」が削がれているような気がするのだ。
(女子サッカーの発展) 上記のような選手達の発言の背後に、切実な願いを感じるので軽く触れておくことにしよう。
かつて署名を集めていた学生が今でも夢を追いかけているのかは分からないが、あの時の彼女も同じ願いを抱いて、
そのために行動を起こした結果だったのだろう。
実を言うと実力の差については如何ともし難いものを感じている。クラブが選手に提供する環境が違いすぎるのだから、
選手の練習量も違えば、選手を集める力からして違う。それを解消するには世間の注目が必要...、と言う具合に堂々巡り。
しかも環境の違いを解消しても実力が伯仲するとは限らないのが現実だ。選手は強いチームへの所属を望むものだから。
それでは一体何をすれば良いのか? スポーツ社会学に疎い私にはもう知恵がない。
昨年末にクラブ世界一を決めるモブキャスト・カップを日本で開催して、優勝したのは海外のクラブ「リヨン」だった。
こう言う大会を開くこと自体に大きな意味があるが、その時の解説者の話では、リヨンは本国のリーグ戦だかの最中で、
時差ボケなどを考えると厳しい日程にも関わらず、最強メンバーを日本に送り込んできてくれた、とのことだった。
「日本のために親切なものだ」と思ったのは大間違いで、世界中のクラブが日本と同じ問題を共有しているに違いない。
だからこの大会の開催は、リヨンの選手や関係者にも大きな喜びであり、これを発展させることが切実な願いだった、
多分そう言うことなのだ、と気づいて愕然とした。「そんなに大変なのか」と。
そうして見ると私は今のところ、やっていればテレビで観戦すると言った程度だからほぼ何も貢献していないに等しい。
昨年のことだが、地元の佐賀市でなでしこリーグカップの試合が開かれるのを、その直前に知った。
最強の神戸レオネッサを福岡アンクラスが迎え撃つという試合で、わざわざ佐賀まで来てくれると言う話だった。
その日は予定があって行かなかった。しかしこういうときは地元が福岡に近いからそっちを応援するものだろうか?
でも福岡の選手は一人も知らない。一方神戸の選手なら先発の半分くらいを知っている。日本代表メンバーだから。
そこでどっちにも肩入れし難い。それに実力から言って、結果は知れているようなもの。当時の福岡は最下位独走中。
今年は降格してしまった。どっちを応援するにも熱が入りそうにない。
もし自分が行くとしたら、「あの横断幕を掲げて優勝してくれた選手達のプレーを生で見る。」 原点に立ち戻ることになる。
本来「どっちを応援するわけでもなく見に行く」でも良いはずでは、と考えてみるのだが、座席が分かれているような。
そうすると次に同じような機会があったとしても、「座席で困るからパスするしかないね」と言う話になってしまいかねない。
どっちも応援しないで観戦することが可能なのか、今度詳しい学生に聞いてみたいと思う。
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