虹の万華鏡 - 子ども向けイベントのための工夫 2015.11.30 |
8月末に佐賀市内で開かれたイベントにまつわる話題。まずはとにかく大変だったが、それだけ充実感も大きかった。
始まりは学内のメールだった。どうも佐賀大学のブースを出すことは早くに決まっていたらしい。
ところがそのブースに大学内の誰がどういうテーマで出展するか、決めないまま書類提出期日を過ぎてしまっていた。
見込みを立てる前に場所を確保してしまうのは、順番がおかしいような気もするけれど、後から事情が分かってきて、
他のブースも似たような状況だったようだ。
さてそのメールに返信した。急な話なので過去に実施した内容の焼き直しみたいなことであれば可能、と言う具合に。
他にもアイデアをお持ちの先生はいたけれど、その先生からもお願いしますと言うことで、引き受けることになった。
当初は添付資料の内容から高校生が対象なのだと思って、それに合った内容を考えていたが、念のため照会すると、
主に小学生が集まる見込みだという。急遽小学生向けに変更する事態に。
いきなり始まった試行錯誤
何か作業させる内容が好ましいとか、できれば夏休みの自由研究になる方が良いとか、聞けば要望もいろいろあった。
作らせる場合には、工作する子供について“手取り足取り”になるので、補助の学生が必要になる。
資料に書かれたブース幅から考えると、一度に作業できる人数は4人ほど。「学生3人+自分」が理想だが予算不足だ。
夏休み中で学生を探すのも難航したが、2人に来て貰って、その2人はバイト代以上に良く働いてくれた。
結局、急いで書いた書類には簡易分光器を作らせる内容を書いていたが、暫くは前期授業の採点に忙殺されていて、
お盆の直前から準備を始めた。まず届いていた資料を遅ればせながら読んだ。
各ブースの内容は揃っていなかった(佐賀大は遅くなかったのだ! )が、既に出ているテーマの中に問題を見つけた。
分光メガネ作成がある。内容が微妙に重複しているではないか!
鳥栖のシンクロトロン施設からの出展で、もしかしたら向こうの方でも今頃資料を見て、問題に感じているかも知れない。
しかもブースの場所は佐賀大の斜め向かいなのだ。
最初は「調整しないで出てきたものを単純に並べたら当然起きる問題だよね」という感じで、無視しようかと思った。
もちろんこっちに責任のあることではないと思うが、さりとて現実問題として、主催者の佐賀県に調整できるのか?
まあ無理な相談というものだろう。だから現実にはこっちでどうにかするしかない。
分光メガネは割と単純な構造になっていて、制作は簡単だけれども、それだけに独自の工夫を入れる余地が少ない。
メガネを飾り付けることくらいはできるが、基本構造の部分はシンプル。分光器と違いを拡大するのは難しいはずだ。
ならばこっちが(分光器から外れない範囲で)予定を変更して、向こうとの違いを出す以外にない。
元々分光器の方が分光メガネよりも少し工作に手間がかかる。
いっそのこと更に設計を複雑化して、小学校高学年向きの工作にしてしまった方が、分光メガネと棲み分けができよう。
そこから盆休み返上の試作品作りが始まった。
盆休みで通販サイトがどこも休みなのがつらかった。もしこれが大学の予算なら、そもそも通販サイトを使えないので、
この場合むしろ恵まれた悩みと言うべきなのかも知れないのだが。
そこで「理屈上こうなるはずだ」と考えて設計し、途中まで作るが、通販待ちでストップ。
手持ちの道具と近隣のホームセンター等で手に入る道具で作れる範囲で作って、それが想定通りに働いてくれる前提で、
作成手順や光についての解説など、配布プリント原稿作成へと進んだ。
実際に子供たちに作らせるもの以外に、たまたま百均ショップで見つけた容器で、二回りほど大きなのも作ってみた。
その覗き窓の大きさがちょうどカメラのレンズの直径と合っていて、撮影したのが最初の写真だ。
子供たちが作った分光器では、星の中に星を入れたり、花の中に円を入れたりすることはできない。
トレーシングペーパーを貼って、中の星や円を宙に浮かす必要があり、その加工がハイレベルで、手間もかかりすぎる。
そもそもそんな複雑な模様を工作するには、特大サイズの分光器にする必要があるのだ。
オリジナルの工夫に発展
星形や花形を開けるのは私のオリジナルだ。それらの形が色付きで見えるためには、蛍光灯を使用する必要がある。
近頃エネルギー効率の点からLEDに絞って、白熱電球や蛍光灯を廃止する動きがあるが、教育上はこれらを比較したい。
今の内に買いだめしておこうか、白熱電球は切れるから沢山必要かな、などと考え始めている。
さて星形や花形と蛍光灯を組み合わせる方法の面白さに気づいても、盆休みで星形や花形のポンチが手に入らない。
皮革用のポンチを厚紙に使うのだが、使用目的が光の取り入れ口なので、通常の皮革使用よりも切断精度に敏感だ。
とりあえずただの丸い穴のポンチだけなら百均であるので試したところ、使えそうだった。
工作用紙で一番大きいのは4ッ切りサイズのようで、直径が11cm程度が限界、これ以上大きくするには他の素材だが、
それは避けたかった。と言うのは工作用紙なら簡単に切り分けられて、学生補助者にやって貰う準備が楽なのだ。
幸い4ッ切りサイズの工作用紙は手元にあったのでそれで試作してみた。
星形や花形の穴の大きさはホームページに書かれているのを参考に、色のついた★などがちゃんと分かれて見えるか、
手持ちの回折格子フィルムの格子定数から計算して推定してみる。
回折格子フィルムの格子定数は昔からの悩みの種だった。初めて購入した当時は、細かすぎるものばかりで困った。
その時は波長測定に使用できるレベルの分光器を作ろうとしていたのだが、それには500本/mm程度が良い。
教材カタログに載っているのは1000本/mmのものか、あるいは500本/mmでもクロスのものだった。
車のレインボーシートにも同様の微細な回折格子が切ってあるのだが、やはり細かく、透過光より反射光に向いていた。
当時購入した中で、一番使いづらかった1000本/mmのクロスというフィルムが、今回の目的には一番適している。
格子間隔が狭いほど大きく光が曲がり、色による分かれ方も広くなる。
更に賑やかなのが良いから、クロスタイプの回折格子フィルムで十字型に虹色が広がるのが良いのだ。
当時としては格子間隔が狭すぎたし、クロスも光量の点でむしろ不利だった。そのフィルムに良い使い道ができた。
その辺を念頭に計算した結果、一番小さなポンチで分光器自体は限界の直径11cm、1000本/mmの回折格子フィルムで、
ぎりぎり色が分かれて見えると言う結論だった。計算だから届いて作るまで不安...!
賑やかにするには、光採りの穴も多い方が良いのだが、だからと言って調子に乗って開けすぎてしまってははいけない。
参加者の中には開けすぎてしまった人がいたが、そうすると色のついた星形や花形の光が見えにくくなる。
着色光は穴のない部分に見えるので、穴が多すぎると穴の部分の強烈な白色光に被ってしまって見えなくなってしまう。
改めて教材カタログを見ると、ちゃんと複数の穴を開けるものも売られている。
更にその後、テレビでも専門家に頼って芸能人が「光の万華鏡」を作る体験番組をやっていたが、やはり同じだった。
穴を複数開ける。賑やかさの追求はそこまでのようだ。そこで穴を図柄に並べていたが、それでは色付き図柄は出ない。
つまり星形や花形の穴(+蛍光灯)は私のオリジナルで、一般には作られていないようなのだ。
更にもう一工夫。前面の明かり取りと接眼部の回折格子を独立に回転させることができるようにした。まさに万華鏡だ。
実はこの「光の万華鏡」は全体一緒にして回して見ても、全体が回って見えるだけのことで何の変哲もない。
動きの点では通常の「万華鏡」とは比べるべくもなく、見劣りがしてしまう。そこで動きの面白さを狙った工夫だった。
けれどもそのためには分光器の形を円筒形にしなければならなくなる。工作のレベルアップだ。
左が接眼部を回した時で、右が明かり取りの方を回した時。実際には両方動いてしまうのだが、片方を止めて撮影した。
右の方が光源も回転していて派手な印象だが、回折の角度は固定されるので、着色光優先で見れば左かも知れない。
皆さんはどちらが好きだろうか? んっ、両方同時が良い? そうだよね。
子どもが来始めてからが大忙し
さて当日。最初は閑古鳥が鳴くのだが、1人目が来るとそれに引き寄せられるように次々子どもが来る。昼休み後も同様。
小学生高学年のつもりだったが、低学年の方が多いくらいだった。その結果、手を貸す場面が多くなって忙しい。
完成したら各種の光源を、分光器を通して見てもらう。その説明は主に私が担当し、工作は私も手伝うが学生がメイン。
彼らが前日に試したときは完成まで20-30分だったが、子どもによってはもっと掛かった。
光源は、互いに干渉しないように段ボールで作った覆いを被せ、前面にトーレーシングペーパーのディフューザをつけた。
白熱電球、電球色蛍光灯、電球色LED、昼光色LED、昼光色蛍光灯、の順に5つ並べた。
これは見た目の色が似ている順なのだが、実際のところ色合いに断絶を感じるのはのは電球色LEDと昼光色LEDの間だ。
つまり電球色はやっぱり電球に近い色になっている。けれども細かく見ると少し黄色さが足りないわけだ。
ところが分光器で見ると、蛍光灯の2つだけが色付きの星や花がちゃんと見えて、それ以外は虹色の帯しか見えない。
蛍光灯は数本の強い線スペクトルが集まって全体のバランスをとって白や黄色の光にしてあるので、
赤い星が見えたら少し離れた場所にオレンジの星、と言う具合にちゃんと色ごとに分離する。
ところが白熱電球は連続スペクトル、LEDは帯スペクトルで、赤い星が出てもすぐ隣に少しオレンジがかった赤い星が出て、
その隣にもう少しオレンジがかった赤い星、こうして星同士が繋がってしまうので、虹色の帯になってしまう。
特に満足してくれた女の子は、まだ高学年ではないのに、一生懸命考えて「あ、分かった。」とはしゃいでくれた。
踊るように跳ねながら、お母さんに「ほら、こっちは見えるでしょ」と言って指さすが、お母さんにはなかなか見えない。
実は星や花が見える距離は目から数センチの至近距離で、大人ではまず無理、ルーペを使ったり、
近眼の場合にメガネを外すと見えたりする。実は女の子も聞くと「近眼だ」というのでメガネを外して貰ったら見えたのだった。
最後に前後を別々に回転させて動きを楽しむ方法を教えると「やったー! 」。
忙しくなる前の時間に斜め向かいの分光メガネのブースも見たが、向こうの方が初めから程良く子どもが来ているようだった。
まあそう言っても、こちらが忙しくなると向こうの様子を見る余裕がないのだから、信頼性の低い観察結果である。
子どもは説明よりも工作や体験が好きだ。だから「できれば何か作業する出展を」と言う話になっていたのだろう。
特に男の子は工作大好き! そう言う子ども達が将来日本の産業を支える技術者に育つのだろうから、開催趣旨に合っている。
ちょっと年上の男の子が丸穴を北斗七星の形に並べて開けていた。学校で習ったのだろう。
横で見ているお母さんは彼の意図に気づいていなかったようで、私が「あ、北斗七星だね」と言うと彼はにっこりしていた。
残念ながら色付き北斗七星には見えにくいはずだが、穴を開けすぎてはいない分、芸能人の図柄よりも良いはずだ。
女の子の場合は、「綺麗な光の模様が見える分光器を手に入れたい」と言う願望も強いようで、大人の女性まで1人来ていた。
子どもが順番を待っているので、これは少々申し訳ないような気もしたが。
数人の女の子が2日目昼休み前に来た。「○○時頃(午後の最初)に来てね」と言うと、その時間は別の予約があるそうだ。
果たしてその子達はいよいよ終了の時刻に再びやってきた。またしてもできない。2日目なので明日もない。
昨日は終了時刻に厳しく、すぐに照明が消えたから慌てた。(結局その後主催側が延長していた。何で昨日と違う??)
仕方なくポンチだとか特別の道具を使う作業だけして貰い、組み立て手順の説明書と一緒に持ち帰って貰った。
慌てて何が必要か考えて、必要最低限のことは済ませて残りは家でもできる、筈だったのだけれども、後から問題に気づいた。
側面をきちんと円形に固定する手立てが無い。それが下記の反省点にも繋がった。
成功するも細かい反省点は多い
細かい反省点はいくつもある。出展タイトルももう一工夫した方が良いし、工作手順にも大きな改良余地があるのに気づいた。
分光器の直径を定めるために、円筒に巻き付けた。巧く回転させるためには直径が2mm程度違う2つの筒が必要だ。
ちゃんと円形でしかも直径がシビアだから、円筒に巻き付けて作り、それを円筒を入れて形を保ったまま厚紙に貼っていた。
けれども、筒にする厚紙の円周位置に予め線を入れておいて、それを目印に円周(即ち直径)を決め、
円の形は、貼る相手の厚紙の方にコンパス(更には特製円盤)で描いて、それに合わせて貼りつけた方が工作は楽だ。
正確さでは今回の手順が勝るが、そもそも子ども達の工作精度は高くないので、円筒を使う強みを生かすことができなかった。
むしろボンドが巻き付けた円筒にも付いてしまうことに手こずっていた。
ポンチを叩く力が年齢によって異なり、2日目は少し大きめの金槌を追加した。けれども今度は人によっては力が入りすぎる。
丸はごく簡単に開き、星には大変な力が要る、と言う具合にポンチの種類によって必要な打撃力が大きく違うのも混乱の元だ。
厚紙の下に敷いているゴム板まで貫通させてしまう子どもも出てきた。
これまた後から考えて気づいたのだが、そう言う子どもには作業前にゴム板を2枚重ねにしておけば良かったかも知れない。
ゴム板の下のレンガが割れると心配して予備を持っていったが、これは割れなかった。
説明に関しても少しばかり反省点が出てきた。「色付きの星が見えない」と言う場合に、目の近距離焦点しか考えていなかった。
けれども明かり取りの光と偶然色付きの星が重なると、色付きの星に関しては見えない。
その場合は例えば色付きの花なら見えるかも知れない。あるいは前後独立に回転させる機能を使えば見える角度がある筈だ。
この機能は説明の最後にしていたが、一考の余地がある。
更に配布プリントでも反省。特に作成手順の説明書は、完成した実物を持ち帰るのだから誰も持っていかない。大量に余った。
その点では資源が無駄になった一方、別のところで足りない部分にも気がついた。
2つの配布プリントのどちらか(どちらが良いかは悩むが)で、「家に帰ってからの観察方法」も付け加えた方が良かった。
蛍光灯を使うと色付きの星などが見える点の再確認、それからレジ袋などを使って簡易のディフューザにするなどのテクニック。
家の電灯には良い具合にシェードが掛かっていない場合が多いので、何かディフューザが必要だろう。
反省というのとは違うが、実は昔と違って今探すと、格子定数1000本/mmでクロスの回折格子フィルムが見当たらなかった。
かつてとは逆で、200本/mmなんて言うものまで出ている。当時は細かすぎて困っていたのが、今は逆の状況にある。
例えば500本/mmのクロスで同じ模様を得ようとすると、分光器の奥行きが倍になる。視野を確保すれば分光器の直径も倍だ。
すると工作用紙のサイズが足りない。・・・ 当面はまだ今回使った古いフィルムが残っているが...。
「1000本/mmのクロスだなんて、使い道がないよ」と昔ぼやいていた規格が今なくなって、これから先困る可能性が出てきた。
何とも皮肉な話である。
反省点はいろいろあるものの、多忙を極めるほどに盛況だった訳だし、子ども達も満足して帰ってくれたようだ。ひとまず成功。
大学の看板で出展したのだから、ある意味、失敗できなかった。胸をなで下ろしたのだった。
そして、追い詰められてのことではあったが、結果的に簡易分光器の新たな展開を開拓したことも、今となっては達成感である。
いつかまた上記の反省点を踏まえてやってみたいと思う。
(後日談) 大学に戻って...
先日この分光器が大学の授業に役立った。一年おきに開講する授業で量子論の内容を教えている。その授業の中で利用した。
量子力学は現代科学の基礎であるが、それが生み出される過程の科学論争に重きを置いて「量子論」と呼ばれる。
現代科学の基礎だから、と言う点がこの授業の趣旨の一つであるが、半年の授業で量子力学を操るところまでは届かない。
ならば通常の「量子力学」の授業では省かれてしまうような、「量子力学成立の歴史」に重点を置いてみようと言う趣向である。
その中で「連続スペクトル」とか「線スペクトル」「帯スペクトル」が出てくる。
例えば原子の構造として誰もが知る、「太陽系型の模型」(真ん中に原子核があってその周りを電子が回る)が持つ問題である。
それなら連続スペクトルになる筈が、実験結果は線スペクトルだ。それが次のボーア原子模型に繋がる。
と言うような説明をしていても実感が湧きにくいので、いつもは幅0.5mmのスリットを開けた分光器で観察して貰っていた。
今回は更に星形なども見て貰って、「何故蛍光灯だけで色付きの星などが見えるのか」考えた。更に子ども達の反応にも及んで。
大学生に対しては、授業内容を印象に残すために良い教材である。
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