石油の枯渇は近いのか? 
 - 物理学会誌に投稿した計算 -  2013.8.12 
  

物理学会誌に投稿してから掲載まで本当に時間が掛かってしまったが、 先月号にようやく載った。
残念ながら購読者でないと当分の間は中身を見ることが出来ないが、これにまつわる話題を供したい。
まずは簡単に話の顛末を記しておく。
可採年数に対する誤解
石油の可採年数が40年程度のまま減らないのは有名だが、そもそも「毎年1年ずつ減るはず」と考えるのが
間違いなのである。ちゃんと定義通りに計算したら、最近の10年ほどの期間に限って言えば、
「可採年数は急激に伸びるべきなのだ」
と言う驚くべき結論。「毎年4年とか、10年とか。そんなハイペースで伸びなければならない」計算になるのだ。
それを学会誌に投稿した。
どうしてそう言う結論になるのか、学会誌には簡単なモデル計算を記したが、ここでは計算は省くとする。
論理構造だけ記すと、急激な価格上昇を踏まえると、まともなモデルではどうやっても可採年数が伸びる。
そう言う結果が出てくる。逆に40年のまま一定にしようとすると、価格上昇の影響を打ち消すために、
明らかに不自然な小細工が必要になってしまう。
本質は「可採年数」という指標への誤解にある。多くの人が想定するような性質のものではない、と言う事だ。
問題点は二つある。
1. 埋蔵量を現在の消費量で割る。
2. 埋蔵量は価格上昇や採掘技術の進展で増える。
ひとつ目の問題を説明するのに私がよく利用するのはウラン燃料の可採年数だ。資料によって少々幅があるが、
現在の原子力発電に利用するウラン-235の可採年数は石油より少し長く、石炭よりはかなり短い程度だ。
そこで石油の代わりにウラン-235を使ったとしよう。
ところが現在の消費量は石油よりずっと少ないので、石油の代わりに使い始めると消費量が数倍に増えて、
可採年数は10年少々になってしまう。資源量は石油より少ないが、消費量も少ないので、可採年数で見ると
石油より長くなっていた、と言うからくりである。
けれどももっと分かりにくい問題は二番目の点である。石油は化学的には炭化水素。それも液体の炭化水素だ。
言い換えると分子量が中間的な大きさの炭化水素である。地球に存在する量はどの程度なのか?
実は油田の埋蔵量と比べて桁違いに多い。掘り出すことの出来ない深部とか、余りに濃度の低い炭化水素。
そう言うものの方が圧倒的に多いのだ。学術目的ならそう言う炭化水素を抽出しても良いだろうけれど、
燃料として利用すると言う産業目的には、経済的にペイする範囲の埋蔵量にしか意味がない。
そこで経済的に採掘できる範囲の埋蔵量しか含めないことにしたのだが、その結果、2.の問題が発生した。
もし価格によって埋蔵量があまり変化しなかったり、そもそも価格が余り変化しなければ、その影響は小さい。
ところが実際にはほとんど価格で全て決まってしまうと言っても過言ではない。10年ほどで価格は5倍以上に
高騰してしまい、それを反映して埋蔵量も大幅に増えなければならない。
一方その間に採掘した石油は埋蔵量の2割程に過ぎないから、それは価格上昇の影響にかき消されてしまう。
このように価格の影響が強すぎることは知られていたが、その問題を強烈にあぶり出してくれるような状況が、
ちょうど過去10年に進行していた。
ところが実際に公表されている可採年数は伸びていない。おかしいではないか! 減らないからではなく、
「伸びないのがおかしい」のである。
それは定義通りに埋蔵量のデータを公表していないから、と言うのは間違いない。政治的理由のデータ操作。
結局そう言うことなのだが、彼らの置かれた状況を知れば、「正しく公表せよ」と言う方が無理というものだ。
それ程にもがんじがらめになって自由がきかなくなっている。

近未来の予測
それではこの先の10年はどうなりそうなのか? まず世界経済の状態はもしかしたら乱高下するかも知れない。
けれどもその影響は除去して考えよう。そうでないと石油資源ではなく、経済予測がメインになってしまう。
実は狭い意味での「石油」は既に生産量が落ち始めている。代わりにシェールオイルが採掘されるようになって、
合計すると石油生産量はほぼ横ばい、少しだけ増産状態で推移している。
過去の10年で起きた価格上昇の裏には、もうひとつ重要な状況の変化があった。これはまさに上で述べた現象。
価格が上昇して、今まで採掘してもペイしなかったシェールオイルが採掘できるようになった。
採掘技術の向上もあったけれども、それだけで劇的な変化は起こらない。従来型石油の枯渇が近づいて減産。
それに伴い価格が跳ね上がる。その跳ね上がった価格なら、シェールオイルを採掘しても採算が取れる。
そこでシェールオイルを採掘し始めて、徐々に在来型石油の減産分を埋め合わせるような体制ができあがる。
そう言ったことが進行したのがこの10年でもあった。
もし単純にシェールオイルだけが価格上昇の恩恵で増えた埋蔵量なら、合計した石油埋蔵量は2倍程度になる。
まあシェールオイルの埋蔵量も全く信用しない方が良く、多分2倍以上だろう。それに油田深部の埋蔵量だとか、
海底油田だとか、シェールオイル以外にも大きくなる方の要因は多く、2倍はかなり控えめな下限値と言える。
以上を踏まえてこれからの石油価格はどう動くのかと推測すると、
「今の価格からそう大きくは変化しないで、暫く“高値安定”で推移するだろう」
と考える。当分の間は需要増加によってシェールオイルの増産ができるので、今までのようには逼迫しない。
OPECが石油生産調整を始めた時代は、石油価格の下落を抑えるために生産量を絞るのが目的だった。
それが最近では逆になっている。石油の不足で世界経済が失速して、石油市場も崩壊してしまう。
それを防ぐため生産量を増やさないとならないが、どこの国がその増産を引き受けるか、と言う交渉である。
そこにシェールオイルが現れた。
当然ながらこれからも世界経済の変動によって、短期的に見れば石油価格は高騰したり急落したりするだろう。
けれども長期的に見たら石油需要の予測に従って新しい採掘設備を建設すれば良いのだ。
安心して設備投資が出来る環境、それは今の高値が続く、と言う事と同じである。もし価格が大きく下がると、
シェールオイルの生産設備を増強することは出来なくなって、すぐさま価格上昇圧力が発生する。
逆に価格が上昇しすぎれば、すぐには対応できなくても長期的には生産設備の増強が期待でき、価格を抑える。
だから当座のところ、今の価格からそんなに大きく上昇する要因もない。
しかし気にしておかなければならないことは“高値”である。価格が今のままで今後も石油需要は大丈夫なのか?
その点は多少微妙だ。石油火力発電はもはや成り立たない。
電力不足を叫ぶ今でも唐津の石油火力発電所は稼働させていない。稼働させるには手間が掛かりすぎるのも
一因ではあるが、仮に稼働させたとしても燃料費が高すぎる問題がある。
日本の太陽電池の発電単価は世界の標準的数字から見て高すぎると言われるが、それと同じ程度まで
石油火力発電の単価は上昇してしまっている。と言う事は世界的に見ると、太陽光発電の方が安いくらいなのだ。
いずれ最後は石油はまた価格上昇時代が訪れるだろうが、太陽光発電は逆に安くなることが約束されている。
もちろん風力発電の発電単価は現在でももっと安いし、これでは勝負にならない。
火力発電には発電量をある程度調節できるという長所もあるが、それは石油火力発電に限ったことではない。
それならガスタービンの方が良かろう。水力発電の調節能力に至っては火力とは別次元の優秀さだ。
石油火力発電は駄目だが、これから石油の需要を支えるのは船舶や航空機、自動車などの動力としてが大きい。
それに石油化学工業もある。樹脂とか、素材の原料として石油を使うのだが、消費量ではやはり動力だろう。
こう言う需要を「ノーブルユース」と呼んでいる。他のもので代用しがたい需要のことである。
以前から「石油利用はノーブルユースに限るべき」と言われていたが、価格上昇が原因で自然とそうなってきた。
いつの間にか掛け声通り、ノーブルユース主体になっているのだ。
けれども船や航空機、自動車だけでも大変な量の石油を消費している。それが続く限りは石油需要は安泰だ。
もし電気自動車が主流になったりすると事態は大きく変わる。発電は石油が既に負けた分野だったのだから...。
もし燃料電池車が主流になったら、... その場合はもしかしたら石油が水素の原料として使われるかも知れない。
だからその場合は石油需要が残る可能性がある。

(写真について) 「紫盃」という品種の木槿(ムクゲ)。7-8年前に園芸店で買った苗は高さ5cmほどだった。
どんな花なのか写真も付いていなかったが、名前から「紫色の一重咲きに違いない」と推測した。
それは「こう言う木槿を植えたい」と思い描いている木槿の花そのものだった。しかし購入を迷った。
仮に写真が付いていても、花の実物を見ないで買うと、多くの場合は期待を裏切られる。微妙に色が違うとか、
綺麗なのは咲き始めだけで、開ききると違った姿になるとか。
けれどもこの「紫盃」は買うことにした。小さいからとにかく安価。金額的にはダメ元で全く気にならない。
それにお目当ての木槿の花を売っているのを見たことがない。いつお目にかかれるか分からないのだ。
それでも心配はあった。安くても命ある植物なのだから、気に入らなかったとき、どこに植えたら良いのか?
結果的に「紫盃」は正解だった。想像通りの花が咲いた。小さい苗なので咲くまでかなり年数が掛かったが、
咲いたときは「やった!」と叫ぶ。盛夏に涼しげな青紫。探していたのはこの花だ。

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